第13話 自室ができました
「とは言ったものの、余ってる部屋はないんだよな」
頬を掻きながら狭いダイニングを見回すヴェルターさん。確かにテーブルも二人用だし、椅子も二脚しかない。
「よし、部屋を作るか。外に行くぞ」
そうと決まれば早速行動だ、とばかりに気合を入れて家の外に出ていくヴェルターさん。あとをついて外に出ると、太陽の光が目に突き刺さる。なんかすげー久しぶりだ。召喚されて以来、外に出てなかった気がするな。魔の森もずっと薄暗かったし。
「広いですね」
森は完全に開かれており、五十メートル四方くらいの広さを囲うように壁があった。その真ん中にポツンと家が建っているのだ。
「おう、これくらい森を切り開いてると、あんまり魔物が寄ってこないんだ」
「へぇ、そうなんですね」
「壁の外には魔物が嫌う植物も植えてある。少なくとも壁の中は安全だ」
広い庭を見回してみると、家庭菜園らしきものもあるようだ。にしてもこの広い空間の森を一人で切り開いたんだろうか。
「じゃあちゃっちゃとやっちまおうか。ちょっと離れたところで待ってろよ」
「はい」
ヴェルターさんは腰から杖を引き抜くと、ブツブツ呟きながら家の周りを観察している。杖を振りかざすと地面の土が盛り上がって平らに均される。家の中に戻ったかと思うと、壁が扉の形にくりぬかれて穴が空く。
そしてあれよあれよという間に土壁ができ、屋根ができ、部屋が一つ完成した。
「こんなもんだろ」
かいてもいない額の汗を腕で拭って一息つくと、空中に生み出した水をごくごくと飲んでいる。手品を見ているようで不思議な感覚がしたけど、魔力が収束したり移動したり感じられたからやっぱり魔法なんだよなぁと実感する。
「すごいですね……」
柚月さんはさっきからすごい以外の言葉が出てきていない。俺も似たようなものだけど。
これでヴェルターさんの家に、ダイニングと寝室、物置部屋にさらにひとつ、部屋ができた。三人で新しい部屋の前まで行くと中を見回してみる。出来立ての部屋なので中はがらんとしていて何もない。
「物置に使ってない毛皮とかがあるから、寝るときにでも勝手に使ってくれ」
「ありがとうございます」
「というわけで今日からここが、
ヴェルターさんの言葉に思わず柚月さんと顔を見合わせる。
ここが俺たち二人の……部屋? 柚月さんとの部屋?
言われた意味が頭に沁み込んでくるごとに、頬が熱を持っていくのがわかる。柚月さんの顔も真っ赤になっている。
「物置の物は適当に使っていいから、部屋を整えておくといい。オレはちょっと狩りに出かけるから、家を空けるぞ」
「わかりました」
「……行ってらっしゃい」
「……」
ヴェルターさんが出て行ったあと、長い沈黙が続く。なんとなく気まずい。昨日の夜なんて、柚月さんと抱き合って寝てたような気がするけどあれは例外なはずだ。空腹が続いていつ獣に襲われるともわからない魔の森で、不安だけがあったから。きっと一人だけだったら今ここにいないだろう。柚月さんが一緒にいてくれたおかげなのだ。
それがこう、安全な場所に避難できて、面と向かい合ったら。
「……とりあえず物置部屋を見に行こうか」
「そう、だね」
と言ってもすぐ隣である。ヴェルターさん一人暮らしの物置部屋には扉もついていない。もちろん今日作られたばかりの俺たちの部屋にも扉はまだついていない。
部屋を整えると言ってもすぐに終わった。正直毛皮を何枚か敷くくらいしかやることがなかった。今は地面に敷いた毛皮の上に座って、柚月さんと向かい合っているところだ。
「えっと、これからもよろしくね?」
「あ、こちらこそ。……っていうか、その、柚月さんは、俺と同じ部屋でいいの?」
こればっかりはなぁなぁで済ませていい問題じゃない。はっきりと意思を確認しておかないと、将来的に自分の首を絞めることになるのだ。きっと。勘違いはいけない。
「……ていうか、ヴェルターさんにもう一部屋作ってってお願いできる?」
恥ずかしそうにしながらもそう問いかけてくる柚月さんに、俺は何も言えない。厚かましいにもほどがある。だけどそれ以外にも、「しょうがない」と妥協されたような気がして俺自身はちょっと悲しくなったり。
「ちょっと無理かな……」
だから俺も柚月さんのいう、『しょうがない』に便乗しておくことにした。
「うん、だからね。大丈夫だよ」
何が? とは詳しくは聞かないでおく。それこそ藪蛇になりそうだ。
「わかった」
「それと、私のことは莉緒って呼んでくれる?」
「えっ?」
なんで急に名前呼びに?
「あ、ほら、ヴェルターさんが家名があるのは貴族だけって言ってたじゃない? だから間違えられないように今のうちから名前呼びに慣れておいたほうがいいかなと思って」
顔を赤くしながら早口でまくし立てる柚月さん。まぁ言いたいことはわかる。
「そうだね。一応、一緒に生活するんだし、他人行儀なのはやめようか……。り、莉緒……さん」
言い訳がましいセリフを言いつつも、なんとなく恥ずかしくて思わず最後に『さん』付けしてしまう。
「さんはいらないよ。……柊」
なんだか不満そうである。
「あ、うん、わかった。……莉緒」
はは、これが死にかけた男女がお互いに惹かれ合うっていう、生物が持つ本能のアレかな。何か名前があるんだっけ? いやそんなことはどうでもいい。落ち着くんだ俺。そう、今は勘違いをしているだけなんだ。将来はどうなるかわからないんだから……。
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