ミツバツツジ

 最近、彼氏がよそよそしい。

 大学構内ですれ違っても気がつかないフリで通り過ぎようとするし(すかさずパーカーのフードを掴んで引き寄せてやったら涙目で謝られた)、毎日うざいくらい来ていたメッセージも一日一通しか来なくなった。挙げ句の果てには、私のメッセージすら既読スルーだ。

 おかしい。あんなに私にべったりだったのに、これはおかしい。

 だから、彼が大学に行っている間に、合鍵で彼のアパートに侵入した。もちろん、前に合意して作ってもらった合鍵だ、犯罪じゃない。女物のシャンプーとか、2本目の歯ブラシとか、そういうものを探してみたけれど、なかった。前に来たとき同様、ろくに掃除もしておらず、整理整頓もなっていない、生活感ありありの部屋でしかない。

 浮気じゃない、のだとしたら、あとは何だ。私、何か嫌われるようなことしたっけ。

 冷静になって考えてみれば、そもそもすれ違う相手のフードを掴んだりするような、乱暴な態度を取りすぎていたかもしれない。笑い上戸の私はすぐ彼の背中を叩いてしまうし、気に入らないことがあると足を踏んづけたりも、よくした。あまりに近い存在過ぎて、彼の扱いが、粗雑だった。

「え……だから、つまり私、……嫌われ……」

 浮気だったら許さない、とか思っていたけれど、そもそも私、嫌われたのか。

 そんなの嫌だ、と思ったら、自然と泣けてきた。彼の食べかけの菓子パンの上に、涙がぼとぼと落ちる。

「え、何、なんで君がここにいるの?」

 驚いた様子の声に、彼が帰っていたことに気がついた。

「なんで泣いて……?」

「私のこと嫌いになったなら、そう言ってよ……! ……いや、だめ、やっぱり言わないで……」

 ぐすぐすと鼻を鳴らす私に、彼は困惑した顔で言う。

「や、嫌いになんてなってないけど」

「え? でも、最近……」

「ああ、冷たくしたのは謝る。でも、そうやって少しでも距離を取らないと……」

 私から視線を逸らして、彼は頭を掻く。

「何も手につかなくなるくらい、君のことで頭がいっぱいになっちゃうからさ」

 節制しようと思ったんだ、と彼が言い終わる前に、私は思い切り抱きついた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る