アヤメ
虹が出ていた。
妻がいる病院へ向かう車中、助手席に座った息子が声を上げなければ、見過ごしていただろう。
「……運転中に大きな声出しちゃって、ごめんなさい」
小さく項垂れる息子の姿が目の端に映り、私はハッとした。最近、私が落ち着かない気持ちでいたことを、子どもなりに敏感に察知していたのだろう。子どもの日だというのに、そのお祝いさえしてやれていなかったことを思い出す。
信号待ちのタイミングで、目元の筋肉をほぐすように指先で揉んだ。やはり、随分と凝っていた。
「パパの方こそ、ごめんな。怖い顔してたみたいだ。お前は何も悪くないぞ」
笑いかけると、息子の顔も明るくなった。
「良かった、怒ってなかったんだ」
「当たり前だろ」
信号が青になり、車は再び走り出す。
「パパ、虹は良い知らせを伝えてくれるんだって。幼稚園の先生が言ってた」
へえ、と相槌を打ったとき、息子に持たせていたスマートフォンが鳴った。ハンズフリー状態にした通話画面から、妻の担当医の声が聞こえる。
「パパ、お医者さん、何話してたの」
聴いていても分からなかったらしく、息子が尋ねる。深い安堵に包まれながら、私は答えた。
「良い知らせだよ。お前は無事にお兄ちゃんになれるぞ」
ビルの根本から、まだ、大きな虹が伸びている。
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