コデマリ

 春という季節は、なぜこうも駆け足で過ぎ去ってしまうのか。そんなことをぼんやり思いながら小さな庭を眺めていると、突然、白く小さな丸いものが、弾みながら視界に入ってきた。思わず立ち上がってよく見ると、それは子どもの手の中に収まってしまうほどに小さな、手毬だった。白い花模様がいくつも組み合わさった、繊細で美しいデザインだ。

 それにしても今どき、手毬なんて珍しい。どうしてこんなものが庭に入って来たのだろう。

 不思議に思いながら拾い上げようとしたときに、背後で物音がした。振り返って見ると、小学校低学年くらいの小さな女の子が、これまた綺麗な白い花模様の着物を着て、はにかみながらこちらを見ていた。

「もしかして、これ、あなたの?」

 まだ地面に落ちたままの手毬を指差すと、女の子は無言で頷いた。なかなか近づいてこないので拾って軽く投げてやると、嬉しそうに受け取り、鈴が転がるような声で笑った。

 可愛らしい仕草に和みながらも、どこから庭に入ったのだろうという疑問は解けない。玄関の横から入るしか方法はないが、扉は施錠してある筈なのだ。いくら小さな女の子と言っても、隙間をすり抜けたり塀を登ったりは出来ない筈だ。

 なるべく怖がらせないように尋ねようと、しゃがんで目線を合わせようとしたときだった。

「お母さん、ただいま」

 帰宅した娘が、居間から顔を出した。そういえば、今日は久しぶりにこちらに顔を出すと言っていたっけ。

「おかえり。……今ね、この子が……」

 そう言いながら振り向き見ると、その一瞬のうちに、女の子の姿は消えていた。

「え……? 今、ここに女の子が……」

「何? 女の子がどうしたの?」

 娘は不思議そうに首を傾げるが、すぐに明るい声を上げた。

「今年もコデマリ、綺麗に咲いたんだね」

 言われて見ると、女の子がいたちょうどその場所に、コデマリが咲いていた。白く小さな花が鞠のように、可憐に陽光に揺れた。

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