シレネ・ペンデュラ

 彼女と目があったら、それが最後。死ぬまでその側から離れることはできず、他のどんな人間にも、興味を抱くことが出来なくなってしまう。

 彼女は可憐で優しく、とても穏やかだ。別に目を合わせずとも、その華やかな雰囲気は、同じ場所にいるだけで感じ取ることができる。それは彼女がまだほんの子どもだったころからそうで、幼稚園から大学まで、関わる人全てが彼女に夢中になった。

 別に、彼女が人に何かするわけではない。可憐で優しく穏やかな彼女だが、何か特別秀でた才能があるわけでもなく、話は凡庸で発想も陳腐、カリスマ性の欠片も、さして面白い特技を持っているわけでもない。それなのに、彼女と目が合った人間は尽く、彼女の側にいたいと願わざるを得ない。

 そう。誰もが、彼女の何に惹かれるのか分からないままに、彼女に惹かれるのだ。

 だが、彼女は本当に、誰にも何もしない。人を惹きつけてやまない彼女自身は、他人に特別の感情を抱くことがまったくなかった。そこらを飛ぶ虫も、自分を取り囲む人間も、彼女にとってはさしたる変わりもない。

 だから彼女に惹かれる人間たちは、焦がれる胸を掻き毟って死んでいく。決して実らぬ熱情に身も心も灼かれ、自分を急き立てる感情の奔流に砕かれる。そうして積み重なっていく虫の死骸が、美しい花の周りを埋めてしまわぬよう掃除するのが、私の役目だ。彼女が産まれてすぐに見た、母である私の。

「お母さん、大好き」

 彼女は私に、いつもそう言って微笑む。彼女の愛は、家族にだけ向けられる。だから彼女の家族は、虫のようには死なない。私は、虫のようには死なない。

 多分、それよりもっと酷い死に方をするだろう。

 彼女の隣で痺れる頭が、そんな予感を訴えている。

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