ウォールフラワー

 共に明るい道を行くはずだったのに、君は先に逝ってしまった。

 あのとき、落ちてくる君の体を、しっかりと受け止めていれば。いや、それよりも、塔の上から降りてくる君の足元を、もっとしっかり照らしておけば。悔いが、深い沼の様に私を捉えて離さない。もう、君はいないのだ。縄梯子から足を滑らせて。

 叶わぬ恋だと、諦めるべきだった。共に生きる道があるはずなどと、思うのではなかった。あまりにも身分が違うのだ、君を連れて逃げたとて、その果てに本当に幸福が待っていたかも分からない。

 しかし、君のいない未来に幸福などないことは、分かりきっている。だから、君が落ちたこの塔から、私も身を投げよう。君を幽閉するためだけに作られた塔は、もはや何の意味もない廃墟だ。希望を失った私の死場所には、もってこいだろう。

 さあ、今、この小さな窓から君のもとへ。


 君は笑っているだろう。そうだ、私は生きている。身を投げることが出来なかった。私は意気地を失ったのか? いや、そうではない。そうではないのだ。

 ……花だ。

 君が足を滑らせた、ちょうどその高さに……駆け落ちの合図としてあの夜に投げたのと同じ花が、塔の壁に咲いていたのだ。

 明るい、美しい色の花だ。陽光に震え、未来に向かって伸びやかに香る花だ。

 だから、やめた。君のもとへ行くのは、まだ先になる。私はあともう少し、君の笑顔を胸に、光を探して歩いてみることにするよ。

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