アネモネ(白)
「どんなに貴方が否定しようと、真実はひとつに決まって……」
大袈裟に腕を振りながら聴衆に語りかけていた探偵は、そこではたと口をつぐんだ。推理に聞き入っていた人々は、彼がどんな言葉を続けるかと息を呑む。
しかし探偵は、頭の中で自分の言葉を反芻し、抜け出しようのない迷宮に嵌まり込んでいたのだ。
『真実はひとつだと私は思っていたが、そうではないのではないか? 事象は観測されて初めて事象たり得る。しかし観測者が複数いて、その全てが違うものを見たと主張するとき、それは事象が複数成立したということに他ならないのではないか。私のような外部のものがその事象の《限られたひとつ》を再現して「これが真実です」と叫んでいるだけで、それは「そういう真実」だというだけなのでは』
探偵の沈黙はたっぷり五分にもなった。流石に聴衆がざわつき始めたころ、探偵は腕を静かに下ろした。
「……分からない」
どよめく聴衆を置き去りにして事件現場から足早に立ち去った探偵は、そのまま探偵業を辞めてしまった。事件は迷宮入りになったが、探偵はそれから数年後、哲学者として大成した。
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