タンポポ
「離さないで。お願い」
そう呟いた彼女の震える腕を、私は強い風の中で握っていることが出来なかった。
百年に一度国を襲うという大暴風に見舞われ、それこそ体が引きちぎられそうなほどの風圧の中、一緒に下校中だった彼女の腕を離してしまったことは、私の生涯における悔いとなった。
数多の行方不明者のひとりとなった彼女を、必ず見つけ出す。
気象学や地学、環境学に民俗学と様々な学問を横断しながら、私は彼女の足跡を探し続けた。そしてようやく導き出した大暴風の進路から、行方不明者たちがいるかもしれない孤島を割り出したのは、あの日から五十年を経てのことだ。
孤島に上陸した私たち探索チームは、予想通り、風に運ばれてここで暮らさざるを得なかった行方不明者たちを見つけた。私はその中に、記憶の中とはだいぶ変わってしまった、けれどたしかに生きている、彼女を見つけた。
「あのとき、離してしまってごめん」
ようやく言えた。
溢れてきた涙を、彼女は優しく拭い、微笑んで首を振った。
「ううん。あなたはずっと、私のことを離したりなんてしなかったよ」
だから、ありがとう。
彼女は、私の震える体を、しっかりと抱きしめた。
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