サイネリア

 快活という言葉が嫌いだ。もっと言うなら、快活な人間が嫌いだ。

「ねえねえ髪型変えた? それ、めっちゃ似合ってる!」

 教室の真ん中から聞こえてくる、快活な声に眉が寄る。生徒会長にして学年一の秀才、且つ弓道部のエースという才能の塊の癖に、おごったところが全くなくて人当たりの良い、嘘みたいな女子の声だ。いや、絶対嘘だろ。

「フウキちゃん、今度大会でしょ。絶対応援行くね!」

「ありがとう! お陰で頑張れるよ!」

 快活に答えるその横顔から、目を逸らす。休み時間に話す相手もいないおれとは、住む世界が違いすぎて目眩がする。きっとあの女子は、おれみたいな人間のことなんか認識すらしていないんだろう。そしてそれは、ああいうタイプの人間が真に完璧ではないことの証左でもある。

 でもまあ、当たり前だ。おれだってあいつみたいな人間だったら、このおれみたいな人間のことなんか、きっと認識しない。

 ふてくされて寝ていたら、いつのまにか全ての授業が終わっていたらしく、教室には誰もいなかった。慌てて帰り支度を始めた時、誰かがぶつぶつと呟く声が聞こえた。

 幽霊か、と慌てて見回すと、いた。あの快活女子が机にノートを広げて、何か書いている。しかし、昼間のオーラはどこに消えたのか。おれに負けず劣らず存在感が薄くて気がつかなかった。

 授業の復習だろうかと思ったが、どうやら違う。

「ああもう、サクラちゃんが髪型変えるのは失恋した時に決まってるじゃん……なんであんな大声で話題にしちゃったの、私のバカバカバカ」

 ぎょっとして見ている前で、彼女の一人反省会は暫く続いた。頭を抱えながら反省点を記すその様子は快活さとはほど遠く、ちょっと笑ってしまった。

 途端、彼女はおれに気がついて椅子の上で飛び上がった。

「えっ……キク君……い、いたの? み、みみみ……」

「見た」

 顔を真っ赤にしてしまったフウキさんのことを、少し好きになれそうな気がした。

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