スターチス
生前の凡ゆるデータを基に故人を仮想空間上に再現し、その言動をリアルタイムでシミュレーションする技術が発明され、世界から「別れ」は消えた。
「サジ、お帰りなさい。お夕飯出来てるわよ」
帰宅した私に、母が言う。エプロン姿で台所に立ち、忙しそうに立ち働いている。
「姉ちゃん、ちょっとそこどいてよ。ゲーム見れないじゃん」
居間にぼーっと立つ私に、妹が言う。空間投影型テレビでいつものようにレーシングゲームをしているのだ。私は慌ててそこをどけ、自室で着替えて再び居間へ向かう。妹の後ろを通り、母の背をすり抜けて、冷蔵庫を開く。フリーザーから夕飯セットを取り出して、レンジに入れる。タイマーをセットしていると、母が一瞬立ち止まる。その瞬間だけ、私は消えたはずの「別れ」を思い出す。瞬きする前に、睫毛が濡れそうになる。
レンジが鳴り、母も同時に動き出す。私の睫毛は濡れていない。
「あまり冷凍食品ばかりだと、身体に悪いわよ」
「はーい」
母が作ったと言う夕飯は消えてしまった。先ほどの一瞬で、解凍されるのが母の手料理風味付けの夕飯セットではないことが更新されたからだ。母の手料理風味付けの夕飯セットは、昨日切らしてしまった。再度注文するのが何となく億劫で、憂鬱だった。
「姉ちゃん、ご飯にしようよ」
誰も用意していない、私の手の中のものと同じ夕飯セットを前にして、妹が急かす。いつのまにかその前に母も座り、別室にいるらしい父を呼んでいる。私は妹の隣に座り、食器を手に取る。その銀の反射から目を背ける。
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