ツルバラ

 柔らかな足音に振り向くと、ご主人様が立っていた。反射的に背筋を正した私に、彼はにっこりと笑む。

「作業を中断させて済まない。ただ、いつも庭を整えてくれることに感謝したくてね」

「仕事ですから」

 この広い屋敷の広い庭は、祖父の代から任されてきた。父の仕事を手伝ってきた私には、これ以外にやりたいことも無い。それに……滴るような草木の緑、むせ返るほどに香る花々よりも、私の心を捉えて離さないものが、ここにはある。

 ご主人様は、先ほど剪定を終えたばかりの蔓薔薇に目を向けた。目に鮮やかな桃色の花弁に、そっと顔を近づける。

「君の育てる薔薇は、いつも美しいね」

「ありがとうございます」

 いつも美しいのは、貴方の方だ。

 ぐっと唇を噛み、その横顔に落ちる陰を見つめる。ほっそりとした指が、棘だらけの蔓に伸び、そっと触れる。そんな小さな動きにさえ、ため息が漏れそうになる。

「君のお父上は蔓薔薇のアーチを得意としていたけれど……君のは一段と綺麗だ」

 アーチの下に立ち、周りの花々から放たれる芳香を浴びながら、ご主人様は満足げに微笑む。

 貴方は知らない。私が蔓薔薇にどんな想いを込めて育てているか。

「……痛」

 ご主人様の白い指先に、朱が一滴、膨れ上がる。それを唇に当てる姿から目が離せないまま、私はそっと願う。

 どうかこの蔓が、貴方を絡めとってくれますようにと。

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