ツルバラ
柔らかな足音に振り向くと、ご主人様が立っていた。反射的に背筋を正した私に、彼はにっこりと笑む。
「作業を中断させて済まない。ただ、いつも庭を整えてくれることに感謝したくてね」
「仕事ですから」
この広い屋敷の広い庭は、祖父の代から任されてきた。父の仕事を手伝ってきた私には、これ以外にやりたいことも無い。それに……滴るような草木の緑、むせ返るほどに香る花々よりも、私の心を捉えて離さないものが、ここにはある。
ご主人様は、先ほど剪定を終えたばかりの蔓薔薇に目を向けた。目に鮮やかな桃色の花弁に、そっと顔を近づける。
「君の育てる薔薇は、いつも美しいね」
「ありがとうございます」
いつも美しいのは、貴方の方だ。
ぐっと唇を噛み、その横顔に落ちる陰を見つめる。ほっそりとした指が、棘だらけの蔓に伸び、そっと触れる。そんな小さな動きにさえ、ため息が漏れそうになる。
「君のお父上は蔓薔薇のアーチを得意としていたけれど……君のは一段と綺麗だ」
アーチの下に立ち、周りの花々から放たれる芳香を浴びながら、ご主人様は満足げに微笑む。
貴方は知らない。私が蔓薔薇にどんな想いを込めて育てているか。
「……痛」
ご主人様の白い指先に、朱が一滴、膨れ上がる。それを唇に当てる姿から目が離せないまま、私はそっと願う。
どうかこの蔓が、貴方を絡めとってくれますようにと。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録(無料)
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます