キンモクセイ

 華やかな香りに誘われて、秋がくるたび通る道がある。香りの元は、美しい女たちだ。

 元は位の高い家柄の女だったが没落してそうなったとか、前世に何らかの罪を犯したのだとか聴くが、とにかくとても美しい女たちが、秋になると道の両脇に並ぶ。どの女も橙色の着物を着て、目を伏せて立っている。黒々とした髪が秋の陽を反射してまるで作り物のようだが、胸のあたりが静かに上下していることから、作り物でないことは確かだ。

 私は妙に弾むような気持ちで女たちの間を通る。通りながら、彼女らの足下をいちいち確かめずにはいられない。その足元は、一様に土に埋まっている。足首より少し上、ふくらはぎの辺りから、彼女たちは綺麗に土に埋まっている。

 土から養分を得ている人間なのだ、と言う人もいれば、あれは人に似た植物でしかないのだと言う人もいる。私としては、秋の寂しさを、その容姿と香りとで紛らわせてくれるなら、どちらでも構わない。

 女たちには、感情や言葉というものが無いように見える。彼女らが口を開いたところを見た者は、一人もいない。こんなに美しく、芳しい香りを放つのだから、きっと声も綺麗だろうに。

 女たちが立ち並ぶようになってから、数日間は天国だ。私は毎日の行き帰りにその間を通り、目と鼻と心とを安らがせる。しかしその数日後、毎年必ず秋の雨が降る。勢いよく土砂降りが打ち付け、数時間で何事もなかったように、さっと晴れる。そして女たちは土に埋まっている足元に身を伏せ、雨水が乾いていくのと共に、ぼろぼろと崩れ消えてしまう。

 崩れた女たちが風に吹かれて完全に消えてしまうのに、二日もかからない。私はたった数日前まではあった美麗な景色を思い出して溜息をつく。また次の秋がくるまで、その道を通ることはない。

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