リンゴ

 楽園への切符は限られている。

 最先端医療・介護・リハビリサービス、育児支援、無料の食事、運動施設、温泉やカジノなどの娯楽施設、学校や図書館、美術館、博物館などが完備された住人限定型都市「エデン」へは、選ばれた人間しか居住できない。全世帯対象の、抽選が行われるのだ。

 抽選がいつ行われるかは分からない。エデンが完成し次第だと発表されているが、工事現場にはマスコミさえ入れないし、作業員は拘束料の高い契約によって、家族にも仕事内容を語れない。

「私、今日はたくさんポイントゲットしちゃった」

 隣で妻が、スマホを操作しながら言う。

「これで少しくらい、サボっても平気かなあ」

「今の発言で引かれたんじゃないのか」

 おれのからかいに、妻は軽く笑う。

 エデンへの居住権は抽選で獲得出来るが、抽選権を得るには一定数のポイントが必要となる。一般的には「善行で貯まり、悪行で減る」とされ、国民皆監視システムによって付与・剥奪される。ボランティアなど慈善事業を行うと多くのポイントを獲得出来る。ただ反対に、人へ悪口を言っただけで引かれていたりするので、注意が必要だ。最近では、このポイントによって給料を定める会社もあるらしい。

 導入に際してはプライバシーが無くなると散々騒がれたものだが、いざ導入されてしまうと、騒いでいた人々の口はきれいに閉ざされてしまった。エデンに住める可能性が無くなるということは、誰にとっても不利益でしかないのだ。

 ポイント制によって犯罪も事故も大幅に減った。不注意でポイントが引かれないように、誰もが行動に細心の注意を払うようになったからだ。これが政府の目論見通りならば、全く非の打ち所のない政策だと感心する他ない。良い子にしていれば、ご褒美をもらえる……「かもしれない」。可能性がたとえ僅かでも、それがある限り、人々は「良い子」でいられる。

 しかし時折、胸に疑念が差す。抽選がいつ行われるか分からないということは、おれたちがいつまでポイントを気にしていれば良いのかも分からないということだ。それは、つまり……。

「週末はブックフェアのボランティアに参加しない? ポイント沢山もらえるかもよ」

 妻の呼びかけに、考えは霧散する。言葉にできない疑念は、いつも形にならず終いだ。おれは頷いて、いつもの様に、ポイント獲得話に花を咲かせるのだった。

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