ラベンダー
一面に広がる、落ち着いた紫色の花畑。その色と同じく、気分を落ち着かせてくれる甘く独特の香りが、風に乗って鼻腔をくすぐる。私はこのラベンダー畑を知っている。いつも目覚めると忘れてしまうけれど、これは私の夢の世界だ。
青く澄んだ空に綿雲がちらほら浮かび、虫の羽音や鳥の囀りが心地よい。ここは、いつ訪れても変わらない。私の記憶の中の、一番幸せだった頃の世界。
でも、ここに来るのは、もう随分久しぶりだ。
二重の懐かしさを感じながら、私は畑の間に作られた小道を歩きだした。やがて道は緩やかな丘に差し掛かり、その頂に小さな小屋が見えてくる。虫や鳥の音が遠ざかり、代わりに小屋の中から楽しげな笑い声が聞こえてきて、胸が締め付けられた。ドアノブを捻る。澄んだ鈴の音が響き、小屋の中にいた家族が私に微笑みかけた。
「久しぶりだね。よく来たね」
お母さんとお父さん、それに妹が、私の周りに集まって、口々に優しい言葉をかけてくれる。忘れてしまっていたのに。私はもう長いこと、彼らのことを思い出さなかったというのに。
「それはお前が幸せだということじゃないの。私たちにとっても、幸せなことだよ」
お母さんが、子どもの頃してくれたように、そっと抱きしめてくれる。
ごめんなさい、ありがとう。
言いたい言葉は喉元で重く固まってしまったけれど、家族には全て伝わっているようだった。
「私たちは、いつでもここで、あなたを待っているから」
それ以上の言葉は無く、ただ温かなやりとりを交わして、私は、もうここにしかいない家族に見送られながら、小屋から畑へ続く道を歩いて帰った。
ラベンダーの香りが、目を覚ましても香っているような予感がした。
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