第33羽 ロク、感想を言う

 『花束の数だけ微笑んで』



 女性主人公が人気のお花屋さんを営んでいて、毎日様々なお客さんが来る。


 ある日、報われない努力を続けている男が訪れた。男は精神こころが弱り切っていて、つい自分の話を主人公にしてしまう。


「もう私は頑張ることをやめた方が良いのでしょうか?」


 それを聞いた主人公は男に花を一本渡した。


「これは?」

「造花です。あなたが努力した日、必ずこの店に来てください。その度に一本、造花を差し上げます」

「?」


 意味が分からなかった男だが「約束です」と言われてしまい、翌日から毎日来るようにした。その度に家に造花が増えていく。


「これで九本目ですね。では次に来る時、これまで差し上げた造花を全て持参していただけますか?」


 男は言う通りに従った。翌日、男の持参した九本の造花と新たな一本の造花で、主人公が花束を作る。


 彩り豊かな花束を。


「これがあなたの花束です」

「……とても綺麗ですね」


 男は微笑む。その翌日以降も努力を怠らなかった男は、毎日花屋に通った。努力が報われることはなく、花束だけが増えていく。


「あなたが造花を私にくださる理由が分かりました」

「?」

「造花はどれだけ束ねようと『本物』にはなれない。花は草木が実る準備を始めた証ですが、私の努力が実ることはありません。『本物』になれない私にぴったりです」

「違います」


 主人公は即座に否定する。


「造花は枯れないのです」

「!」

「造花は枯れず、萎れず、朽ちない。あなたの部屋は、いずれいっぱいの花束で埋まることでしょう」


「そしてあなたがこれまで積み上げてきた努力も、決して失われません」


 後日、男の努力が報われ成果が生まれる。それを主人公に報告に行くと、主人公は造花ではなく本物の花を手渡した。


 男は喜んで大事に持ち帰り花瓶に生ける。しかし数日後、その花は枯れてしまった。男は悲しみながら主人公に報告する。


 すると主人公は小さく笑って語った。


「成果はたった一度きりのものです。すぐにその効力は失われてしまいます。ですが努力は永遠のものです。枯れることはなく、大切にしていれば失われることはありません」


「だからどうか悲しまないでください。そんな顔をしないでください。あなたに目を向けて欲しいのは、枯れてしまった花ではなく今も枯れない花たちです。だからどうか」



「花束の数だけ、微笑んでいてください」



   ◇


「読んだよ。小鳥遊」

「……はい」

「読んだ」


 小鳥が使っているベッドは、元は茂一と志穂が二人で寝ていたということもあって比較的大きい。今はそこにロクと小鳥が並んで座っている。


「まずは、そうだな……面白かったよ」

「!」

「すごく良かった。お世辞じゃない。小鳥遊は天才だ」

「……褒め過ぎです。先輩の方がすごいです」

「そんなことない。本当に」


 ロクの素直な感想だった。


「俺の小説と小鳥遊の小説を読んだら、きっと十人中十人が小鳥遊の小説を選ぶ。それぐらい面白かった」

「それはあり得ません」

「どうして」

「だって私が読んだ小説の中じゃ、先輩のが一番面白かったです」

「じゃあ小鳥遊がナンバーワンで俺がナンバーツーだ」

「…………」


 その点に関してロクは譲る気がない。確かに小鳥のストーリーには目立った捻りはなかったが、心情描写や日常描写が素晴らしかった。


 こんなにも繊細に描けるのであれば、すみれに心情描写を掘り下げることを勧めたことにも納得がいく。この基準に達することができれば、誰だって一流作家・・・・・・・・だ。


「あの小説はお母さんのために書いたんだな」

「……はい」


 小鳥が小さく頷く。


「伝わったよ。俺には」

「でも……」

「お母さんには伝わらなかった」

「はい」

「小鳥遊はすごいな」

「え?」


 あまりの脈略のなさに、小鳥はロクの方を向いた。するとロクの優しい目と視線が合って、思わず顔を逸らす。


「誰かのために小説を書けるなんてすごいことだ。俺にはできない。物語なんて自分のためにしか描いたことないし」

「でも伝わらなければ意味がありません」

「俺に伝わっただけじゃ不服か?」

「……そういうわけじゃないですけど」

「不服なんだな」

「…………」


 図星だった。


「それで良いんじゃないか?」

「え?」

「だって仕方ないだろ。悔しいけどこれは小鳥遊がお母さんのために書いたもんで、俺のために書いたもんじゃない。俺がどうこう言ったって、結局そこは変わらない」


 「でも」と、ロクは小鳥から目を逸らさず続けた。


「俺には伝わったってことも、変わらない」

「!」

「大丈夫だよ小鳥遊。小鳥遊の想いはちゃんとあそこに詰まってた。お母さんには酷評されたのかもしれないけど、俺の心にはちゃんと届いた。俺の言葉に意味はないかもしれないけど、それだけはすぐに伝えておきたかったんだ」


 もう一度小鳥はロクの顔を見る。ロクは目尻を下げて柔らかく微笑んでいて、その顔を見ているだけでどうしてか心が温かくなった。


「自信を持ってくれとか、お母さんの評価は気にしないでくれとか、そんなことを言うつもりはない。たった一人の罵倒で必要以上に傷つくのが作者だ。でもさ、たった一つの賛辞で馬鹿みたいに嬉しくなれるのも、作家のさがだと思うんだよ。だから俺は何度でも言う。小鳥遊の小説は良かったって。もちろん実際に良かったから言ってるだけで、面白くなかったら言うつもりもなかったけどな」


 冗談めかして笑うロクの姿を見て小鳥は思う。


(どうして先輩は、こんなに優しいんだろう)


 あの日、出会った時もそうだ。道端で落ち込んでいる自分に声をかけてくれた。初めは下心の可能性だって当然疑ったが、それでも良かった。


 捨てられて、失って、自分に価値なんてあると思えなくて。だからたとえ下心だけで近づかれたのだとしても、もう自分なんてどうでも良かったのだから、構わなかったのだ。むしろそういう感情だけで近づいて来られた方が、自分の価値を再認識できてどれだけ単純だったか。


 でもロクは違った。わざと無防備に近づいても手出しはせず、温かく迎え入れてくれ、自分も小鳥遊がいるから楽しいのだと、そう言ってくれた。


(先輩は、誰かのために小説を書けるなんてすごいって言うけど)


 小鳥からすれば、


(誰かの助けになってあげられる先輩の方が、ずっとすごい)


 それがどれだけ小鳥の救いになったのか、きっとこの少し抜けている先輩は一生気付くことはないのだろう。


 そう思うと少しおかしくて、笑みがこぼれそうになる。


「さて、俺は言いたいこと言ったし! スッキリしたとこで自分の部屋に戻るわ。もうこんな時間だしな」


 時計を見てみるともう1時前だ。夏休みという長期休みに入って、早速生活リズムに乱れが見え始めている。


「じゃあな小鳥遊。おやすみ……」


 立ち上がって歩き出そうとしたロク。しかし。


「!」


 服の裾を、小鳥に指でつままれた。


「ど、どうした小鳥遊?」

「……私、今日寝付けないんです」


 ロクが振り返って見下ろすと、小鳥は俯きがちにそう言ってくる。ベッドに座って、裾をつまんだまま。


「やっぱり、誰かさんに隠してた小説を読まれてしまったのは、恥ずかしくて」


 小鳥は視線だけをロクに向けた。上目遣いだ。


「そのせいで眠れないので、誰かさんに責任を取って欲しいなと、そんなことを考えているんですが」


 小鳥の頬は微かに赤みを帯びていて、その表情がロクの何かにダイレクトに刺さる。


「……前にどこかで見た情報によると、一人で寝るよりも、誰かと寝る方が良く眠れるみたいなんです」


 ロクの心臓がドクンと跳ね上がった。


「つ、つまり……?」


 聞き返すと、遂に小鳥の頬は真っ赤になり、顔を背けてしまう。


「察しの悪い男子は、女子に嫌われますよ」

「ご、ごめん」


 それでも服の裾は、つまんだままだった。

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