第18羽 家族会議、終わる
厳しい顔をしていたのは母だけで、父は変わらず優しく微笑んでいたが、その笑顔の裏に隠されたものをロクも察する。
「私が一番嫌いな奴は、つまらない嘘をつく奴。そして父さんが一番嫌いな奴は……」
「無責任な奴、だろ?」
「そうだ」
それもまた、ロクは小さい頃から聞かされ続けてきた。ロクの確認に、父はしっかりと頷く。
「もちろん、どうしても無理なら僕たちも出すつもりでいる。でもね、小鳥遊さんを連れてきたのはロクの責任だ。だからロクが、小鳥遊さんが必要とするお金を稼ぎなさい。それがロクの責務だ。その責務を放棄して僕たちにお金を出してもらおうとするのは、間違いだと断言するよ。そういうのは頼るとは違う。責任を放り出して縋り付くただの無責任だ」
いつも優しい父は、時々厳しいことを言ってくる。だがそれに対して、非難しようとは欠片も思わなかった。
「分かってる。最初から俺が出すつもりだし」
「あんたの貯金、いくらあんの?」
「145万ちょっと。そんでもうすぐ、また印税が入ってくる。この前発売したばっかの『供儀の墓』の実売分も入ってくるから……多分、40万ぐらい」
「じゃあ185万ね。あの子にちゃんとした生活をさせてあげたいなら、卒業までに400はいるわよ。満足な生活を送らせてあげたいなら、もっと」
この貯金はロクが高校生になって僅か一年で貯めたものだ。世に出たロクの小説は四つ。しかし中学生の頃から書き溜めていたものを大放出しただけなので、実際にロクが高一の時に書いた本は『供儀の墓』と『One Year for You』の二つだけである。
このペースの執筆速度では、出せる本があと四冊程度。基準の400万に届くか怪しい所だ。
「いけそう?」
「正直分からない。『十一人十色』が実売1万部いって、かなり好調だったから……それを考えると厳しいかもしれない」
今の貯金のうち、半分以上が『十一人十色』の売上によるものだった。
「そう。それでも意地で稼ぎなさい」
「うん」
決意と共に頷く。嫌なことや難しいことは後回しにしてしまうタイプのロクにとって、金銭的な問題と直接向き合うことを、どこか避けてしまっていた。
だがいずれ向き合わなければならない。両親に小鳥のことがバレたのは結果的に良かった。今日話さなければ、もっと考えることから逃げていただろうから。
「よし、もう一度小鳥遊さんを呼んできてくれる? まだ言っておかなきゃいけないことがいくつかあるから」
「分かった」
その後、ロクは小鳥を呼び戻し、両親と必要なことを話し合った。そして時計の針が九時半を回った頃。
「じゃあね、ロク、小鳥遊さん。また気が向いたら電話するから。何かあったらちゃんと報告しなさいよ」
「ああ」
「はい」
家族会議が終わる。ビデオ通話のカメラは切れ、通話画面が終了した。
「……先輩の」
すると小鳥が、微笑みながら口を開く。
「先輩のご両親は、いい方たちですね」
ロクはにかっと笑って言葉を返した。
「だろ?」
父と母は、ロクの自慢だ。
・
・
・
就寝前。ロクはふと、今日小鳥に言われたことを思い出した。
――私、先輩が小説書いてるとこ見るの好きです
帰り道にそう言われ、
――先輩が、食べてる時の、表情が好きで
そんなことも言われてしまった。
(落ち着け、俺。別に俺自身を好きだって言った訳じゃない!)
急に紅潮する頬。昂ぶる心を必死に抑え込もうとする。
(ああああああ!)
今から寝ようというのに、心の中がとても騒がしいロクだった。
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