第7羽 ロク、おかゆを食べる

 ちっちゃな手のひらに握りしめたちっちゃなスプーンと、大きなテーブルに置かれた小さな茶碗。茶碗の中にはとろみのついたご飯が入っていて、中央に梅干しが一粒乗っている。


「おかゆなんて味がないもん! とんかつが良い!!」

「文句なんて言わずに食べなさい。あんた風邪引いてんだから」


 駄々をこねるも、お母さんは他には何も作ってくれなかった。やむを得ずにおかゆに手をつけて、


「美味しくない……」


 とボヤいていた。梅干しも酸っぱくてちまちま食べる。


「美味しくなくて悪かったわね」


 お母さんが拗ねたようにそう言った。



 *****


「……夢か」


 汗を拭いたあと、いつの間にかもう一眠りしていたらしいロク。窓の外は雨が降っているせいで、日の沈み具合が確認できなかった。いつも枕元に置いているスマホを取って時刻を確かめる。


「七時前……」


 寝起きと風邪のダブルパンチで思考がぽわぽわしていた。


(晩飯はどうすっかな。確か昨日はカップラーメン……あ)


「そういや小鳥遊が、おかゆを作ってくれるんだったか」


 少し時間が経って、頭がクリアになってきたことで思い出す。小鳥におかゆを作ってもらうと約束したことを。


「よっ」


 ベッドから降りる。またしても汗を掻いていた。しかしその分熱は下がっているようで、随分と体が楽になっている。おそらくもう微熱程度しかない。


 ごく、ごく。


 スポーツドリンクを飲みながらリビングへと向かう。リビングには明かりがついていて、しかし小鳥の姿が見えなかった。


(小鳥遊は……)


 キョロキョロと見回すと、台所に誰かが料理している影があった。


「あれ、お母さ……」

「あ、先輩」


 その誰かを、ロクはうっかり自分の母親と勘違いしてしまった。小鳥に決まっているというのに。


「小鳥遊か」

「? どうかしたんですか?」

「いや、何でもない」


 ガシガシと頭を掻く。あの台所にいつも立っていたのは母親で、それが別人であることにどこか違和感があった。何より、起きてきたら同年代の女の子が料理をしているというこの状況は、まるで新婚みたいである。


 無性に恥ずかしくなった。


「そろそろ呼びに行こうと思ってたんです。あとは塩を振るだけで完成でしたから」

「そうか。ありがとな」


 ロクはお礼を言ってこたつテーブルの傍に座った。少しすると、小鳥が茶碗とお箸を持って来る。それらがテーブルの上に並べられた。


「どうぞ」

「ああ」


 さっき見た夢を、幼い記憶をロクは振り返った。あの頃と比べると、風景が様変わりして見える。テーブルは小さいような気がして、握っていたはずのスプーンはお箸に変わり、おかゆの粘り具合も違った。それでも梅干しが乗っていることは変わらない。


「梅干しなんて、家にあったか?」

「買ってきました」

「! そこまでしてくれたのか」

「もう熱は下がってますので、大したことじゃありません」

「……いただきます」


 お箸を親指と人差し指の間に挟み、手を合わせる。そっとお椀を持ち、箸で小さな一口分の米を取った。ふーふーと冷ましてから口に運ぶ。


「…………」


 丁寧に噛んで味わった。幼い頃食べたおかゆと変わらず薄味で、しかしあの頃よりは舌が肥えたのか、随分と美味しく感じる。


「おいしい」

「良かったです」


 次は梅干しを箸で切って、その切れ端と米を一緒に口に運ぶ。優しい味わいに酸味が加わって、より一層、味が昇華された。無言で三口目、四口目と箸を進める。


 茶碗の中身がなくなるのに、そう時間はかからなかった。


「おかわりしますか?」

「頼む」

「はい」


 ロクから茶碗を受け取って台所へと向かう小鳥。鍋からおかゆを茶碗によそい、こたつテーブルまで戻ってきて、ロクに直接茶碗を手渡した。


「どうぞ」

「ありがとう」


 ロクは再び箸を進め出す。


「ごちそうさまでした」

「はい」


 最終的に、体調が悪いというのにおかゆを三杯も食べたのだった。

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