~66~ 良策

 佐知恵が家を出発した頃、エクトルはフランクの運転で月の光に到着していた。心の準備を整えるために、駐車場でしばし時間を潰す。

 結局その後も何も浮かばなかったので、今回は行き当たりばったりになってしまうが仕方がない。その時点で早期解決ではなく長期で見た方が良いのかもしれないとエクトルは思っていた。自分という存在を佐知恵は今日知ることになる。ゼロからの情報で渡仏行きを佐知恵が承諾してくれるとは到底思えない。結果を早急に出させるのは良くないような気がする。

 後部座席でエクトルが深い溜息を吐いていると、「どうしてですか?」とフランクが問い掛けてきた。

「……何がだ?」

 エクトルは分かっていて問い返す。

 渡仏の件に関して、フランクはずっとエクトルのやり方が腑に落ちていなかった。

「確かにあなたの素性がはっきりしていることはプラス要素です。交際の件を伏せたままというのも現段階ではそうした方が良いでしょう」

 そう自分の意見も含め、フランクは続ける。

「小田桐さんの心の問題を抜きにして話すことは出来ないので、それだけ余計に花村さんは慎重になります。でものことを話せば、少しはエクトルの思うように話を進めることが出来るはず……いえ、あなたなら出来ます。そしてその方が小田桐さんにとっても最善策だとあなたも分かっている。それなのに何故私に何も言わないのですか?」

 フランクの言うことはエクトルにも分かっていた。自分でもらしくないことをしていると思っている。本当ならフランクの言う通り、友莉を利用するのが最善の策だろう。佐知恵や羽琉が懸念していることを全て払拭出来るものを持っているから。

 だが――。

「それじゃあ駄目だと思ったんだよ」

 エクトルが苦笑して答える。

「私は一度ハルの信頼を裏切る行為をしている。ユリに窘められたことで、自分の過ちに気付くことが出来たが、今回のことでユリの立場を利用するのは、前回と同様の行為だと思っている。ハルのことに関しては他人の手を借りたくないんだ」

 他人の手を借りるくらいなら渡仏の話が流れても良いとエクトルは思っている。今回佐知恵の承諾が得られないなら、次の機会までにエクトルの人となりを佐知恵に知ってもらい、信頼を得られるよう自分が頑張れば良いだけだ。

 エクトルの表情から心情を察した有能なメンターは、呆れたように溜息を洩らす。だがエクトルのその思考は今までにないもので、そしてフランクには好感が持てるものだった。

 また新たな一面を発見出来たことにフランクは満足していた。同時にそれだけ羽琉のことを本気で想っているのだと改めて実感する。

「それじゃあ、ハルのところに行ってくる」

 だからこそ――。

「健闘を祈ります」

「ありがとう」

 羽琉のところへ向かうエクトルの背中を見送りつつ、フランクはスマホを手に取った。

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