~45~ そして答え③

「エクトルさん。お聞きしても良いですか?」

「……はい」

「僕のことを、その……どう思っていますか?」

「好きです。恋人になりたいと思っています」

 間髪入れずに答えたその言葉を初めて聞いた時は戸惑いしか感じなかったが、今は嬉しいと思っている自分がいる。そしてその気持ちに素直に答えられるものを羽琉はもう持っていた。

「多分、僕もです」

 羽琉がはにかみながら答える。

 エクトルは瞠目した後、改まったように真剣な表情で羽琉を見つめ返した。

「……本当ですか?」

「はい」

 きっと間違ってはいないはずだ。

「これは、夢ではありませんよね?」

「はい」

 自分の気持ちに的確な名前を付けるには羽琉には難しいのだが、この答えに納得しているのは事実だった。

「……私の恋人になってくれるんですか?」

 恋人という言葉に少し照れつつ、羽琉は「よろしくお願いします」と頭を下げた。そして嬉しさを爆発させるのではなく一つ一つ確かめるように訊ねるエクトルに羽琉も微笑みを返す。

 それから大きく深呼吸をしたエクトルは徐々に頬を緩め、まだ繋がれたままの羽琉の右手の甲に自分の唇を押しあてた。

「!」

 驚く羽琉を余所に、エクトルは「絶対幸せにします」と綺麗な微笑を浮かべる。頬を赤く染める羽琉を見て、エクトルはさらに満足そうに笑みを濃くした。

「ハルの答えがこんなに早く聞けるとは思っていませんでした。それが私の望む答えでとても嬉しいです」

 エクトルの表情からは幸せが駄々洩れしている。羽琉を見つめる目に、今まで感じなかった熱を感じた。見ている羽琉の方が恥ずかしくなるほど甘い気がする。

「今日から、ハルは私の恋人なのですね」

 再確認するように、エクトルは言葉を反芻させる。

 エクトルの感慨深げな表情に羽琉も安堵の息を小さく吐いた。同時に無意識に緊張していたことに気付き、エクトルにバレないよう浅い呼吸を静かに繰り返す。

「今日は誤解を解きに来ただけだったのですが、ハルの答えが聞けて本当に嬉しいです。ハルが真剣に考えて出してくれた答えを私は大切にします。私の方こそ、よろしくお願いします」

羽琉に合わせて、エクトルも頭を下げる。そして、ジッと羽琉を見つめると、微かに目を細めた。

「ですが、このことでハルを深く悩ませてしまいました。メモのことで昨日もあまり眠れていないですよね? それにハルの体調もまだ万全ではないでしょう? 本当はもう少しハルとの時間を堪能したいのですが、ハルが気疲れしてしまうのは嫌です。だからまた明日、体調が回復していればいつものように連絡して下さい」

「!」

 羽琉は瞠目した。

 エクトルは羽琉の呼吸の乱れに気付いていた。呼吸を整える羽琉の肩の動きを注意深く見ていたようだ。

 見破られた羽琉は気まずそうに目を逸らす。

 些細な羽琉の仕草にすぐに反応出来るエクトルの洞察力に脱帽してしまった。

「愛しい恋人からのコールを待っています」

 恋人になった途端、それを前面に押し出してくるエクトルに気後れしつつ、いろいろと慣れないことに少し疲れていた羽琉も戸惑いながら素直に「はい」と肯く。

「そう言えば、ハル。一つだけお聞きしたいのですが」

 パイプ椅子から立ち上がったエクトルが急に問い掛けてきた。

 同じように羽琉も椅子から腰を上げながら不思議そうな顔で「何でしょうか?」と訊ね返す。

「どこまでのスキンシップなら大丈夫ですか?」

 唐突で直球な質問に、羽琉は「……え?」と目を丸くした。

「ハルの返事が嬉し過ぎて、ついハンドキスしてしまいましたが、ハルは嫌だったのでは?」

 羽琉はハタッとしてしまった。

 言われてみれば、先程エクトルからされた手の甲へのキスは戸惑いこそ感じたが嫌悪感は全くなかった。

 羽琉は潔癖症というわけではないが、過去の嫌な出来事が思い出されるため、人との触れ合いは会話以上に好きではない。

 それなのに何故……?

「ハル?」

「あ、はい。えっと……どう、なんでしょう? 驚いたり、恥ずかしかったりはしますが……それ以外は何も」

「ではビズのような挨拶程度なら大丈夫ですか?」

 確かにハグやビズ(チークキス)は海外では挨拶だったりする。人前ですることに何ら恥じることはなく日常にありふれたものだ。日本で言えば握手のようなものだろう。

 そう考えれば、そこまで神経質になるようなものではないなと羽琉も思った。挨拶だと思えば気負うことなく羽琉も返せるかもしれない。

「そうですね。多分、大丈夫だと思います」

「良かったです。では……」

 そう言って身を屈めたエクトルは、羽琉の右頬に自身の右頬を寄せてきた。ビズはその一回で終わることもあるのだが、次にエクトルは羽琉の左頬に自身の左頬を寄せてきた。

 ビズをされ慣れていない羽琉はジッと硬直してしまった。エクトルの柔らかく温かい頬を、左右の頬に直に感じた羽琉はやはり顔を赤らめてしまう。でも先程と同じく嫌悪感はない。

 緊張している羽琉を知ってか知らずか、エクトルは頬を離す瞬間に「ゆっくり休んで下さいね」と綺麗な微笑で囁くように言った。

「あ、見送りは結構ですよ」

 羽琉の恥ずかしがる表情に満足したエクトルは、そのまま退室しようと部屋のドアを開けた。

「!」

 しかしその直後、部屋の前にいた誰かとぶつかってしまった。

「おっと……おや? ユヅキでしたか」

『!』

 ぶつかった相手を確認した優月も羽琉の部屋から突然現れたエクトルに、あんぐりと驚きの表情を向ける。

「優月くん?」

 エクトルの言葉に羽琉もドアまで近寄った。

「ハルの部屋に遊びに来たのですか?」

 エクトルの隣で優月に通訳すると、我に返った優月はコクリと肯いた。

『お昼ご飯の後は、はるくんの部屋で勉強したりするよ』

「そうですか。偉いですね」

 にっこりと微笑むエクトルに、優月も得意満面の笑みを浮かべる。

『エクトルさんは、もう帰るの?』

「はい。また今度一緒に遊んで下さいね」

 勢いよく肯いた優月の頭をポンポンと撫でたエクトルは、もう一度羽琉の方に視線を向けふわりと笑むと羽琉の部屋を後にした。

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