~41~ 謝罪のコール

 羽琉がエクトルに電話出来る状態になれたのは昼食前のことだった。この時間まで電話出来なかったのには理由がある。

 羽琉の精神的なものではなく、先程まで笹原や優月が部屋にいたからだ。

 最初に部屋を訪れたのは笹原だった。カウンセリングの一環だろう。羽琉に倒れた時の状況や心境を訊ねた。

「あまり思い出したくないかもしれないけど」

 そう前置きをした笹原に首を振り、羽琉は質問に答える。昨日のことを思い出しながら話したが、倒れるほどの頭痛は起こらなかった。

 次に訪れた優月には、不安顔で『だいじょうぶ?』としきりに訊ねられた。

 かなり心配している優月に『心配掛けてごめんね。もう大丈夫だよ』と伝える。それでも心配顔は直らなかったが、しばらく羽琉と過ごしているうちに昼食前になり、ようやく優月は自分の部屋へ戻っていった。

 そしてこんな時間になってしまったのだ。

 羽琉自身の決心は朝には出来ていたのだが、次々訪れた来訪者に時間を押されてしまった状態だ。

 羽琉の心は落ち着いていた。

 もし着信拒否されたとしても留守番電話サービスには繋がるはずだ。そこに残すことで、直接伝えることは出来なくてもきちんと謝罪と礼は言える。

 施設内廊下の突き当り。柱時計の隣にあるコの字型に囲われた場所に、グレーの公衆電話が設置されている。羽琉はその受話器を手に取り、一つ息を吐いてからプッシュボタンを押し始めた。

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