~27~ 友莉と羽琉

「それで手応えはどうでしたか?」

 ホテルに戻ったエクトルに、フランクがコーヒーを淹れながら訪ねてきた。

「手応え、ねぇ」

 書類に視線を向けているエクトルの曖昧な様子にフランクは首を傾げる。

「何もなかったんですか?」

「ずっと緊張させていたからな。手応えがあったとしても今日のはノーカンだ」

「なるほど」

「いや、でも……」

 そこで言葉を切ったエクトルはつい笑みを零した。

「名前を呼んでくれたことと、最後に見せてくれた笑顔はカウントしても良いだろうね」

 幸せそうに話すエクトルに、フランクも内心で胸を撫で下ろす。

 羽琉の返事次第では今後の仕事に多大な影響を及ぼすかもしれないため、フランクも気が気ではない。だが相手を気遣う羽琉の性格から考えると、エクトルの告白を断るにしても傷付けるような言い方はしないはずだ。ひどく申し訳なさそうに、それでもエクトルが受け入れられるような言い回しをするだろう。そう考えると、エクトルにはかなり良い経験になるかもしれないとフランクは思った。結果がどうであれ、相手が羽琉で良かったと、そう思った。

「少しでも良い印象を与えたいと思うのは分かりますが、小田桐さんには逆効果になるかもしれません。事前に何も用意していない方が、あの方には伝わるものが多いでしょう」

「意味深だな」

「何となく……友莉と似たタイプのような気がするので」

「ユリと?」

 エクトルが意外だと言わんばかりに目を丸くする。

 それもそうだろう。エクトルが知っている友莉は、どちらかと言うと気が強く、思ったことをはっきりと口に出すタイプだ。自分の方が正しいと思っている時は相手が何を言っても引かないし、曲げない。サバサバしている性格と非の打ち所がない発言には、エクトルでさえ舌を巻く時があった。

 羽琉も自分の意思をエクトルに伝えてはいたが、友莉のような気の強さは感じなかった。エクトルには友莉と羽琉が似ているとは到底思えなかった。

 そんなエクトルの思考を正確に読み取ったフランクがコホンを咳払いをする。

「表面上ではありませんよ。もっと深い内面のことです」

「深い内面?」

「別に日本人だからというわけではないでしょうが、友莉も悩みをあまり打ち明けてはくれないところがあります。本当に傷付いた時ほど笑顔を見せるし、私は未だに友莉が泣いているのを見たことがありません。どこか頼られていないようで無力感に苛まれる時もあります」

 フランクの切ない表情から遣る瀬無い思いが伝わってきた。それと同時に本当に友莉を愛している深い想いも伝わる。だからこそ妻を守れない自分に嫌気がさすのだろう。

「だがそんなユリのことをフランクは理解しているわけだろう? ユリが言わない、もしくは言えない悩みにだって今は気付くことが出来るはずだ」

「そう簡単なら良いのですが。女性は上手いんですよ、隠すのが」

 溜息交じりに言いながらも「……でもそうですね」とさらに続ける

「出会った頃に比べると、友莉の些細な言動を気にするようにはなりました。少しは察することが出来ていると思いたいのですが……さすがに確認する術はありませんね」

 苦笑するフランクに、これまで二人を見ていたエクトルは少し違う意見を持っていた。だがそれを言ったところでフランクにはあまり響かないような気がする。それに夫婦間にしか分からないものがあるかもしれない。

「でも小田桐さんの場合は心の問題があります。その繊細な部分に、どこまでエクトルが触れることが出来るのかが焦点になるでしょう」

 友莉の話に区切りを付けるようにフランクが話を戻す。

 促されるようにエクトルも脱線していた思考を元に戻し、「そうかもね」と呟いた。

「でもそれはまだ先の話だ。ハルには私に対する想いの答えだけ考えていて欲しい。今はそれだけで良い」

「そうですね。焦りは禁物です」

 賛同するフランクにエクトルも柔らかく微笑んだ。

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