~23~ 落ち着かない待ち合わせ

 その1時間後。

 優月を送り届け、もう一度外出した羽琉は公園の公衆電話ボックスの中に入り、落ち着かない心地で受話器を握っていた。

 エクトルの携帯電話に掛けるという事自体に、言葉にし難いモヤモヤ感が渦巻いている。

 難しい顔でエクトルのプライベートナンバーが書かれている紙を見つめ、羽琉は意を決したようにボタンを押し始めた。

 呼び出し音はワンコールで途切れた。

「ハル?」

 電話越しにエクトルの爽やかな声が聴こえる。

「……」

 電話を掛けたはいいが、何を話せば良いのか羽琉は迷ってしまった。無言でいる羽琉に、エクトルは「ハル、ですよね?」と再度訊ねてくる。

「あ……は、い」

「良かったです。ハルからの電話を今か今かと待ちわびていました」

 電話越しに苦笑が聴こえる。

「すみません。遅くなりました」

「いいえ。待っている時間も幸せでした。これから会えますか?」

「はい」

「ではすぐに向かいます。待っていて下さいね」

 エクトルの嬉しそうな声音を最後に電話は切れた。

 電話の受話器を戻した羽琉は、思わずはぁ~と溜息を吐く。緊張していたようで少し鼓動が速くなっていた。

 公衆電話ボックスから出ると、いつものベンチに腰掛ける。スケッチブックも持ってきてはいたが、当然だが今日は気分が乗らなかった。

 しばらく湖面を見つめていたが次第に手持ち無沙汰になり、持っていたスケッチブックをパラパラ捲り始めた。

 羽琉は自分の描いた絵にあまり関心がない。上手くなりたいと思って描いてるわけではないし、誰かに見せるために描いているわけでもない。ただの気分転換だ。しかしある日、スケッチすることで気分が落ち着くことに羽琉は気付いた。無心になれるからかもしれないが、それからは事あるごとにスケッチブックを持ち歩き、描きたい風景を描きとめるようになった。

 そのスケッチブックももう5冊目だ。無頓着なせいで鉛筆が紙に擦れて描いた絵がぼやけているものもある。だが残しておきたいわけでもないので、描いた絵が汚れようが破れようが羽琉は構わなかった。

「あ……」

 最後の1枚を捲り終え、白紙が少なくなっていることに気付いた羽琉は、近いうちスケッチブックを買いに行こうかなぁとぼんやり考えていた。

 すると。

「お待たせしました」

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