第31話
「すまなかったな秋葉。もしかして君を失望させてしまっただろうか」
ソファに腰かける霧島先輩の声音に覇気はなかった。
恐る恐る俺の反応を伺うその様子は飼い主の機嫌を確認する子犬のようだった。
俺は本音を口にする。
「失望なんてしませんよ。むしろ惚れ直したぐらいです。小さな子どもやお年寄りの感染者を何の躊躇いもなく葬り去れる方がどうかしています」
「……だが秋葉は躊躇しなかった」
「当然でしょう。先輩が大切だからですよ」
隣に座る霧島先輩が俺にもたれかかる。
入浴後なんだろう。濡羽色の髪からシャンプーの匂いがする。
「一つだけ最初に伝えておくことがあります」
「何だろうか」
「俺は玲ちゃんを同行させることに反対です」
彼女の肩が即座に離れる。
「――理由を、聞かせてくれ」
「先輩の弱点になるからです」
俺と霧島先輩の視線がぶつかり合う。
「秋葉。君にも私たちを統括する立場というものがある。だからこその意見だということは重々承知しているつもりだ。だが、いまさら玲ちゃんを連れて行かないという選択肢があること自体驚きだ」
どうやらここは本気でぶつかり合わなければいけないようだ。
「機械的だと思われても構いませが玲ちゃんを救出したのは言わば流れです。助けた方がいい、助けられるから助ける。別に目的ではありません」
「では仮に玲ちゃんを置いて行くとしよう。考えたくもない想定だがな。彼女はこの世界で一人で生きていけるか?見殺しと同義だ」
「ではその問いに答える前にもう一つ。これから俺たちが生きて行く上で食料と衣服の調達は避けて通れません。その先々で、仮に小さな子どもを感染者から救出できたとしましょう。その度にチームに加えるつもりですか」
言葉を失う先輩。
俺の意見を直訳すると、玲ちゃんだけを特別扱いすることはできない、だ。
「……しかし」
「キャンピングカーにも収容人数に限界があります」
「ぐっ」
霧島先輩の目は潤み始めていた。
正論は卑怯だ。なぜなら正しいからだ。
反論しようものなら馬鹿だ、間違っていると、罵られる。
けれどそれはしょせん正しいだけの判断だ。
「だからこの問題は先延ばしにしましょう」
霧島先輩の瞳に光が戻る。
けれどこれはリーダーとして、彼女たちの命を預かる身として失格の判断だ。
「秋葉……!」
「ただし条件が二つあります」
「ああ、聞かせてくれ!」
「まず一つ。先輩の弱点を克服してもらいます。子どもの感染者も屠れるよう村雨先生の心療を受けてください。これは絶対です。拒否権はありません」
「……わかった。けれど君は聞かないんだな。私に何があったのかを」
「話してもらえるならもちろん聞かしていただきます。けれどこれは村雨先生の仕事です。無理に俺に話してもらわなくても構いません」
「そうか。ではお言葉に甘えさせてもらおう」
「次に玲ちゃんの護衛役は主に俺が行います」
「えっ?」
先輩はてっきり自分が担当することになると思っていたのだろう。
驚きを隠せていなかった。
「最初に宣言しておきますが、俺は先輩と違って感情を切り離した言動を取らせてもらうことがあります。例えばそうですね――感染者ではなく、健常者が玲ちゃんを人質にした場合、俺は自分も含め霧島先輩、瀬奈、村雨先生を優先します」
何か言いたそうな霧島先輩は喉元まで出かけている言葉をなんとか飲み込んでいた。
きっとこれが最大の譲歩だと気が付いているんだろう。
「その条件も飲ませてもらおう」
「最後に先延ばしの期限についても申し上げておきます。ずばり今回と同じように決断を求められた場面に遭遇したときです」
「いずれ決断しなければならない日は来るというわけか」
「はい」
「では私からも一つだけ伝えさせてもらっていいだろうか」
今度は俺が緊張する番だった。
チームを抜けさせてくれ、そう切り出されることも覚悟した上で、続きを催促すると、
「私と玲ちゃんを助けてくれてありがとう。それだけじゃない。私のわがままに譲歩までしてくれた。君は本当に優しい少年だな」
「俺は小さな女の子一人でさえ引き連れることを即断できないような小さな男ですよ。見込違いです」
☆
翌朝。玲ちゃんが起きる前に作戦会議である。
「次の目的地ですが◾️◾️◾️◾️◾️◾️です。ここで武器を調達します」
俺の言葉に唾を飲み込む瀬奈と霧島先輩。
特に瀬奈は告げられた場所のヤバさに敏感だ。
「……武器を調達するつもりなのは理解できるけれどどうしてそっちなのかしら。普通は◾️◾️◾️じゃない?」
「◾️◾️◾️で調達するのはその後だ。なにせバイオハザードが発生してからまだ日が浅い。あそこには今ごろ住民が押し寄せていることだろう。感染者も相当数いると判断していい。必要最低限の武器を調達した上でストックを確保しに行くつもりだ」
「なるほど。私は別に構わないよ。賛成だ。それよりもその手に持っている物を説明してもらいたいね」
村雨先生は指差して言う。
俺は満を持して告げた。
「村雨先生と瀬奈、霧島先輩には先に銃の撃ち方を覚えていただきます」
「「なっ!」」「ほう」
家電量販店に突入する際、俺はずっと考えていた。
感染者。ゾンビ。バイオハザード。パンデミック。
生き延びるためには遠隔から奴らの機能を停止させる武器が必要不可欠だ。
銃が使えないようでは話にならない。
だが、日本人なら本物を扱うことは生涯で一度もない人の方が圧倒的だろう。
本物は映画で見るそれとは当然ながら全く違う。
特に想像と違うのが、銃声と反動。
正直に言えば男の俺でも腕を引っ張られる。
強力な武器を手に入れても的に的中できないようじゃ、ただのゴミと変わらないわけだ。
そこで俺が家電量販店から盗んできたのがVR。
幼少期に純一郎にみっちり銃をしごかれた俺とは違って三人は実物の銃を見たことさえないだろう。
さらに俺が選定したガンコントローラーは米国で新たに開発された
つまりあらかじめ特訓しておくことでイメージと本物のギャップを最小限に抑えつつ、最短で使いこなすことができるという即戦力に繋がるわけだ。
「最近のテクノロジーは射撃を体験できるところまで発展していたのか」
しみじみと言う霧島先輩に、
「御託はいいからさっさとやりましょう」
とやる気満々の瀬奈。
そして、
「では、記念すべき第一回目ということでスコアが最も高かった者は王様として誰か一人に好きな命令を下すことができる、というのはどうだい?」
悪い笑みを浮かべる村雨先生。
この意見に霧島先輩と瀬奈は勢いよく立ち上がり、
「「なっ、なんでもいいの(か)」」
「もちろんだとも」
嫌な予感がする俺だった。
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