第29話

 空が紅色に染まり始める頃。

 俺は今日の宿について考え始めていた。

 車内がいいか、それとも――。


 衣料品販売店を後にした俺たちはを目指してキャンピングカーを走らせていた。

 次なる目的地は心身ともに消耗が予想される。できればチーム全員、きちんとしたベッドで休ませたいと考えていた。


 となればやはり一軒家か。

「瀬奈。この周辺で高級住宅街はあるか?」

「すぐに調べるわ。万引きの次は空き巣かしら?」


「まあ、そんなところだ。キャンピングカーが手に入ったのは僥倖だが、できれば今日は寝心地のいいベッドで休みたいと思っている。車庫付きの一軒家が望ましい。頼めるか?」

「はいはい。任せなさい」


 ☆


 瀬奈のナビゲートに従い、目的地に到着する俺たち。

 いつもは閑静な住宅街なんだろう。

 現場は逃げ惑う住民で慌ただしくなっていた。


「それで?これから私は何をさせられるのかしら」


 どこか期待を感じさせる表情で聞いてくる瀬奈。

「お前にはFPVドローンを操作してもらいながら、これから侵入する家の様子を画面に映し出してもらう。中の状況を把握次第、俺と霧島先輩で制圧に向かう」


 ソファに腰かけた瀬奈はFPVゴーグルを装着し、操縦機を握りしめる。

 ドローンに設置されたカメラの映像は家電量販店で盗んで来たノートパソコンに映し出されるよう設定済みだ。


「……言っておくけれどには敵わないわよ」


 などと言う瀬奈だが、俺は知っている。

 これがいわゆる前フりだということを。

 瀬奈は最新のテクノロジー、電子機器に触れるのが趣味だと言っていた。


 そんな彼女がドローンにハマっていないわけがない。

 その証拠にポキポキと指の関節を鳴らして、待ち遠しそうにしていた。

 ……いやいや、やる気満々ですやん。まあ、その方がありがたいけどよ。


 オスバチが羽ばたくようなブーンという音と共に、ドローンが一軒家の窓から侵入する。

 本番ぶっつけにも拘らず、安定した操縦。

 パソコンの映像も鮮明で外の状況がよく分かる。


 ――これは大きな収穫だったな。


 これから侵入を試みる際は安全かつ安心に偵察できそうだ。

 やはり初見よりもあらかじめ間取りや中の様子を確認できるのは生存率を格段に跳ね上がらせてくれるだろう。いい買いものをした。いや正確には盗んだんだが。


 ドローンを二階建てのベランダから器用に侵入させていく瀬奈。

 小型タイプということもあり、グングンと家の中の映像をパソコンに映し出していく。


「……二人、か」


 パソコンの映像を見つめながら呟く霧島先輩。

 彼女の言うとおり制圧のために始末しなければいけない感染者は二人。

 おそらくこの家の住人で夫婦だろう。


 高級住宅街だ。何も感染者がいる家にわざわざ侵入しなくても、と考えるだろう。

 理想はすでにこの街から住民が逃げ出した家を発見することだ。

 だが、ドローンによる偵察は、侵入できてこそ初めてできる。


 窓や扉など閉め切っているところは選択肢から外れる他、そもそも侵入できること=中に生存者・感染者がいる可能性が大いに高いということ。


 さらに難なくドローンを操縦していく瀬奈だが、集中力が必要なことは言うまでないだろう。

 ゴーグル越しの映像を頼りに指先だけでドローンを操縦していくんだ。あらかじめ飛行するコースを視覚で捉えた上で操縦するプレイヤーと比較しても彼女にのしかかる負担は相当のものだ。


 つまり偵察を連続で行うのは賢い選択とは言えない。繊細さが求められる以上、当然だ。

 そうなってくると突入の判断基準が代わってくる。

 ようは、俺と霧島先輩で制圧できるかどうか、で判断することになるだろう。


 つまりハナから無人は狙っていない。もちろんそういう家や店に遭遇できれば幸運だが、それだけを狙っていくことはしないということだ。


 そんなわけで俺と霧島先輩はイヤホンマイクを装着しながらキャンピングカーから下車する準備に入る。ドローンを侵入した二階の窓に向かわせたところでは映りこんだ。映りこんでしまった。


「「「「なっ!」」」」


 俺たちが目にしたのはドローンに気がついた女の子が急いで階段を駆け上がっていく映像だ。

「秋葉っ‼︎」

 居てもたってもいられなくなったのは霧島先輩。血相が変わる。


 俺たちが生き延びるためには時と場合によって残酷な選択を強いられることもある。

 だが、もともと俺たちはこの家を拝借するつもりであったこと、感染者は夫婦と思われる二人ということもあり侵入・制圧は決定事項だ。


 となればその過程で救出できる人命があるならすぐに助けに向かうべきだ。

 それが小さな女の子であればなおさらだろう。

「分かっています!これからすぐに女の子の救出に向かいます!」


 俺は息継ぎをしたあと、すぐに指示を出す。

「村雨先生はこれを」

「これは?」


「オペレーター用のイヤホンマイクです。パソコンの映像を伝えてください。ただし、映像だけに気を取られ過ぎないよう気をつけてください。もしも周辺に感染者が湧き始めたら、迷わずハンドルを握ってください。次に瀬奈。悪いがドローンを操縦し続けてくれ。難しいだろうができるかぎり女の子から目を離さないでくれ!」


「いくら私でも逃げ惑う女の子をドローンで追い続けるのは無理よ!」

「できる範囲でいい!」

 間取りはだいたい頭に入っている。いますぐ突入しても問題はないだろう。


「よし。行きますよ霧島先輩」

「了解だ!」


 ☆


 感染者を退けながら一軒家に到着する俺たち。

 やはり、というか当然と言うか、正面玄関は錠がかけられている。

 高級住宅街ということもあり、ピッキングには時間がかかるだろう。いや、そもそも無理かもしれない。


 そうなると――、

「先に行くぞ秋葉!」

 霧島先輩はブロック塀に飛び乗ったかと思いきや、勢いよく二階のベランダに翔ける。


「……やっば。どんな運動神経してんだよ」

 とはいえ今は見惚れてる場合じゃない。俺は置いて行かれないよう急いで後を追う。


「まずは二階から制圧します。一階に降りる際は必ず俺に声をかけてください。それと――」

 間取りこそ頭に入っている俺たちだが、当然扉が閉まっていた部屋もあるわけで。

 問題は映像で確認できていない部屋だ。

 慎重さが求められる。


 なにより先輩は焦り気味だった。冷静さを欠いている。

 いくら無敵に近い存在でも一瞬の油断、見落としが致命傷につながってしまう。

 せめて映像で確認できていない部屋は俺が担当するべきだ。


「心得た」

 未開の部屋は俺が担当することを承諾する霧島先輩。

 どうやら今夜、村雨先生には先輩のケアをお願いすることになりそうだ。


 扉を開ける前に耳を当てながら音で状況の把握に努める。

 慎重に一つずつ部屋を潰していく。

 二手に分かれて女の子を探す俺たちだが、問題が発生した。


「女の子がいない!どこに行ったんだ瀬奈くん!」

『どうやらドローンの目をくぐり抜けて一階に降りたのかもしれないね。瀬奈くん曰く「うるさいわね!いま一階を探してるわよ」とのことだ』

 と村雨先生。瀬奈はドローンの操縦を担当しているから又聞きなんだろう。

 必死にドローンを操作する瀬奈の姿が目に浮かぶ。


「チッ。一階に移動したのか。そこには感染者が……!」

「一階に降りましょう。ただし、あらかじめ先輩に警告しておくことがあります」


「なんだ⁉︎今はそれどころじゃ――」

「っ!」


 目を見据えて言った俺の言葉に声を詰まらせる先輩。

 助けられなかった場合のことなど頭になかったということだろう。

 階段を降りるや否や、廊下を徘徊する感染者。


 きっとこの家の大黒柱だったのだろう。

 俺は躊躇することなくバールで眼窩をえぐり、脳を破壊する。

 仕留めそこねていた、なんてケアレスのない徹底的に始末だ。


 ダイニングとリビングが一体になった部屋には霧島先輩が、その他の未開の部屋は俺が担当することに。

 結果から言って俺の担当した部屋に感染者と女の子はいなかった。

 となると感染者になってしまった奥さんと映像で見た女の子はリビングか!


 俺はすぐに霧島先輩が待つ部屋に合流すると――。

 木刀を天に構えたまま硬直する先輩が視界に飛び込んできた。


 ドローンという機器は当然宙に浮いている。

 カメラ越しの映像はある程度の高さがあることを意味する。

 となれば見落としがあってもなんら不思議じゃないわけだ。


 ――、なんてことも。


 霧島先輩の足元に寄ろうとしている子どもはドローンで確認した子よりも確実に小さい。

 別人だ。おそらく妹だろう。

 だが、問題は口をだらしなく開けてよだれを垂らしながら先輩の足に近づいていることだ。


 額にはべっとりと血痕。

 残念ながら人としての生は終わっていた。

 だが、ここで強烈な違和感を覚える俺。


 あとは木刀を振り下ろし頭蓋骨を破壊するだけにも拘らず、霧島先輩の手が止まっていた。

 いや、手どころじゃない。身体がピクリとも動かない。

 おいおいおい……まさか先輩にそんな弱点が――。


 幼女の感染者は顎が外れるほど大きく口を開き、足に齧りつこうとする。

 しかし、依然として振り下ろす気配を見せない先輩。

 しびれを切らした俺は感染者に向けてバールを投擲する。


 勢いよくスピンのかかったそれは額にヒット。

 体重が軽いこともあって後ろに吹き飛ばされるような格好。


 血飛沫が床に散った光景でようやく現実に帰還できたのだろう。

 俺の方に視線を向けて先輩は申し訳なさそうに言う。

「……すまない秋葉」


「謝る必要はありません。その代わりは自分で始末してください」

「ああ、問題ない。


 彼女に迫っていた感染者は二人。

 前方の幼女と後方の母親だ。


 ――バギィッ‼︎


 木刀がしなる音と同時に背後の感染者がノックダウンする。

 霧島先輩は振り向くことなく木刀を的中させていた。

 後ろに目が付いてんのかよ。


 そんなツッコミを飲み込みながら、壁にもたれながら廊下に尻をつく俺。

 やがて捜索を再開するとキッチンの片隅で女の子を見つけた。

 見たところ彼らに襲われた傷はない。


 どうやら俺たちは初めて人命の救出に成功したようだった。

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