第4話
――竹刀を構えたまま一歩も動かずに試合終了。
そう聞けば「腑抜け」「無気力」「つまらない」といった感想を抱くだろう。
凡人が思い描く剣道というイメージには必ず激しく竹刀を打ち合うものが伴っているからだ。
しかし、腕がある人間ならば見方は変わる。
なぜなら竹刀というのは真剣の変わりだからだ。
一瞬の迷い、悩み、恐怖、油断が文字通り命取りになる。
人体の一部が切り離されるかもしれないからだ。
だからこそ竹刀を構えながら一切動かずに試合が終了することは、文字通り、気迫のある真剣勝負を想起させる。
結論から言って俺と霧島先輩の試合は決着がつかなった。
先に時間がなくなったからだ。
微かに剣先が動くだけの試合を他人が見れば「何やってんの?」としか思わないだろう。
一礼し、面を外した霧島先輩が言う。
「……まさか私が刀で負けるとはな」
いやいや何言うてまんねん。さっきまでの俺の胸の内と全然違うことを言わないでもらえますか?
俺はすかさず否定する。
「何言ってるんですか先輩。一歩も動けなかった俺がどうして勝ったことになるんですか」
「それ以上はやめておけ秋葉。これでも私は刀に人生を捧げてきた身だ。そんなバレバレの演技で気持ちが晴れるほど私も単純じゃない。むしろ腹の底が煮え繰り返る」
……はぁ。だから嫌だったんだよ霧島先輩と剣を交えるのは。
武道ってのは良くも悪くも語ってしまう。
拳なら拳が、刀なら刀が。
きっと霧島先輩は俺と試合をすることで、両者の間に圧倒的な差があることに気が付いてしまっただろう。
なぜならさっきの試合の真相は互いに隙がなく、動けなかったわけじゃない。
俺が間合いに入らせなかったんだ。視線と剣先、数ミリ単位の歩幅を駆使して。
つまり動けなかったのは両者ではなく霧島先輩だけ。
俺が動きを完封していたことになる。
まあ、それがわかるのは目の前の天才だけだが。
「失礼しました。先輩がこれまで積んできた努力を否定するつもりはありません」
「いや、こちらこそすまない。少し口調が強くなりすぎた。こういうときは、くっ、殺せと言うべきだったのかな?」
「それは違う」
たいてい天才ってのはどこか抜けているところがあるものだが。
俺はオークにまで成り下がったつもりはない。ただのぼっちだ。
おかげでツッコミに敬語が紛失してしまった。
「いずれにせよ素晴らしいものを見せてもらったよ。まだ先があったことを発見できたことが嬉しくて仕方がない。どうだろう?もし君さえ良ければ私に刀を教えてもらえないか?」
「俺が?全国大会で連覇している先輩を?」
秋葉瑛太はつい先ほどまでチンピラにボコボコにされていたような男だぞ?
習う相手を間違っていると思うわけだが、それを口にすればまた霧島先輩の機嫌を損なわせることになってしまうだろう。
やむをえん。ここはきっぱり断っておこう。俺は誰かに何かを教えられるほど器用じゃない。
「もちろんタダでは言わない。報酬は支払おう。私にできることがあれば何でも言ってくれ」
報酬ねえ……。
これだけ女性らしい躰つきをしているにも拘らずセックスアピールに疎いとは。
性欲が猿と変わらない男子高校生に「できることがあれば何でも言ってくれ」ってのはいかがなもんかね。
いずれにせよ霧島先輩にお願いしたいこともない。
「それじゃ助けを求めたときに手を差し伸べてもらってもいいですか?そのときは俺も教えられることを惜しみなく伝えますよ」
「……うん。わかった。不良に囲まれても一切恐怖を感じていない君から求められることがあるかどうかわからないが、そのときは全力で君の期待に応えてみせよう」
さすがの俺もこの約束の一週間後に世界終末が待っているとは思ってもみなかった。
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