第十二話 カイルの決意
『ハルカちゃんを手放した君は、自分で守る事を放棄したんだ』
クロムの言葉が、頭から離れない。それでも必死に、カイルはクロムからの斬撃をかわす。
『そして何より、みんなの元へ行く事を選んだ。約束の魔法も解除してくれたし、君にもう用はない。だからさ、その選択が無駄にならないように、ぼくがちゃんと、活かしてあげる』
俺は……。
そんなつもりはなかったのに、結果、ハルカの命を危険に晒した事。そして、目的も達成する事なく、ここでクロムに殺されるのかと、そんな考えがカイルを支配する。
『俺達じゃ、力不足だって言いてぇのか?』
『サン、気持ちはわかりますが、3年前の戦争の首謀者が関わるもの、そして聖王様が直接動かれるのであれば、私達の一存で決められる事ではありません』
『……何もできない事が、悔しい。けれど、ハルカを、任せたわよ』
ふと、コルトでハルカを守る為にカイルが頭を下げた時の、仲間の言葉が響く。
俺がもっとみんなを信じて動けていたら、こんな事には……。
クロムが滑り込むように背後を取ってきたが、カイルも同時に回転し、防ぐ。
どうしたらいい。
どうしたら、ハルカを、助け出せる?
ハルカも俺も、みんなと通信が取れない。
そしてクロムを倒さねばならない。
この事実に、カイルの判断が鈍る。
その瞬間を狙っていたように、クロムがカイルの剣を避け、地面を滑りながら背後へ回る。
そしてかなりの衝撃を受け、カイルは転がった。
「何度言われたらわかる? 君より強いぼくを、考え事をしながら倒すなんて、無理だよ。それとも、死にたいの?」
もの凄くつまらないものでも見るようにクロムから眺められ、カイルは顔を上げた。
「あ、そうだ。ハルカちゃんもきっと、今頃命を削ってるんじゃない? 2人で一緒に、死ねるといいね」
「……ハルカは、どこにいる」
「あれ? まさか、本当に助けに行く気?」
「質問に答えろ。ハルカは今、どこにいる」
カイルの言葉に小さく笑うと、クロムは剣を向けてきた。
「知りたいのなら、ぼくを倒してごらん。ま、さっきから様子を見ていたけど、無理だってわかりきってるから。だからさ、大人しくここで、ハルカちゃんの安らかな死を願ってあげなよ」
クロムの声を聞きながら、カイルは自身の手が痛くなるほど武器を握りしめていた事に気付く。
そして同時に、ハルカの言葉が思い出された。
『そうだね。今のカイルに出逢えただけで、私も充分、幸せだよ』
俺はもっと、ハルカを、幸せにしたかった。
それなのに、俺に出会ったせいで、またハルカの命が消えるだと?
ゆっくりと立ち上がり、クロムを見据える。
「へぇ……。今になってそんな顔、するんだね」
「言え。俺は、ハルカを守る為に、聖王様へ託した。ハルカがこの世界で幸せに生きる為に、そうした。けれど、それが間違っていたのなら、今からでも正してやる」
「そう……。やっぱりハルカちゃんは、特別なんだね」
そう言って、クロムは双剣を逆手に持ち直した。
「ようやくぼくも本気が出せそうだよ」
それに応えるように、カイルも同様に握り直し、構える。
「俺はお前を、ずっと兄のように、思っていた。けれど、今日で終わりだ。お前を倒して、ハルカを助け出す」
「その後は?」
「……みんなの元へ向かう」
どこか期待するような眼差しを向けていたクロムの表情が、一瞬にして消えた。
「……わかった。それならやっぱり、君にはここで死んでもらう」
その言葉を言い切ると、先ほどよりも早くクロムが距離を詰めてきた。
けれどカイルは目的が定まった事により、的確に応戦できた。
『これは感動するよ! ちゃんと願い事、考えた?』
月の光の中で笑うハルカとの思い出が、今になって頭に浮かぶ。
定期便の中から眺めた、星降る夜空。
ハルカの手の温もりを感じながら、俺は、彼女の幸せだけを願ったんだ。
姿勢を低くした瞬間、クロムの剣が空を切る。そのまま踏み込もうとするが、それを読まれていたように、クロムが蹴りを繰り出す。それを避け、カイルは大きく距離を取らされた。
『ずっと守られてばかりだけれど、これからもお願いします』
コルトでのハルカの両親へ誓った時の彼女の返事を思い出しながら、仕掛ける。クロムの剣を滑るように自身の刀身を移動し、回転を加える。けれどかする事なく、受け流された。
俺のあの時の言葉に、嘘はなかったんだ。
だからこれが、最善だと、思っていた。
俺のそばにいたら、危険だと思って。
でもそれは、俺がまた守れなかった時が来てしまうかもしれないのが、怖かっただけだ。
クロムの頬をかすめれば、こちらの頬にも痛みが走る。
『ほら、また腕の力だけでどうにかしようとしたでしょ? もっと相手の力を利用するんだ』
『兄さんもクロム相手だと形無しだね』
くそっ……。
これは、みんなの事を願わなかった、罰なのか?
俺の弱い心のせいで、ハルカすら、また、守れないのか?
頭の中でクロムとオリビアの言葉が浮かび、カイルは自身を責めながらも、彼の教え通り動いてしまう。
『なんで今、そこに転がってるか、わかる? 目線、動かしすぎだから。それじゃこれからこの場所へ攻撃しますって、言っているようなものだよ?』
『私には全然わからなかったけど、兄さん、頑張って!』
激しい攻防を繰り広げながらも、目の前のクロムから視線を外す事なく、また訓練の日々を思い出す。
本当に、クロムの言った事は、真実なのか?
迷いが悟られたのか足払いを仕掛けられ、空中へ誘導されそうになる。それを避ける為、カイルはクロムの顔を蹴り上げるように後方へ回転し、着地と同時に前へ飛ぶ。
クロムも姿勢を崩したはずだったが、何なく受け止められた。
「何を迷う必要がある?」
「まだ、クロムの話が、納得できない」
「倒したらいくらでも教えてあげるよ。詳細な、みんなの死の瞬間をね」
神経を逆撫するように微笑まれ、カイルは理性を失いそうになる。けれど、昨夜のクロムの言葉が、カイルの頭を冷やした。
『大丈夫。君ならできる。ぼくはそう、信じているよ』
何故、こんな回りくどい事をする?
もし、約束の魔法の解除だけを待っていたのなら、昨日、俺を殺せばよかったはずだ。
それにハルカの事も、わざわざ俺に伝えなくていい情報だ。
それなのに、この場へ連れてきた理由は、なんだ?
クロムの真意がわからず、カイルは競り負け、距離を取る。
「あとはハルカちゃんがいなくなって、君もいなくなれば、この世界はとても平和な世界になるだろうね」
「そんな事をして、本当にこの世界が平和になるとは思えない」
構えを解いたクロムへ、それでもカイルは注意しながら話しかける。
「そうだろうね」
「……わかっていて、何故、こんな事を?」
「カイルはぼくと同じだと思っていたんだ。でも違った。ハルカちゃんを手放してしまった君には、きっと理解できないだろうね」
「何が言いたい?」
ゆらりと動くクロムを目で追いながら、カイルはいつでも動けるように準備する。
「たとえ間違っていたとしてもそれが救いになるのなら、ぼくがそれを正しいものとして扱うだけだ。だから決して、その手を離さない。それがぼくの、守る意味だ」
誰の事を……、聖王様の事、なのか?
クロムの今までの深夜の通信は全て聖王様へのものだったのだろうかと、考えが浮かぶ。そして主以上に、本当に大切な存在として扱っている事を、カイルは感じ取る。
「でも君は、簡単に手放した。どんな事をしてでも、そばを離れるべきじゃなかったのに。ハルカちゃんはそんな君とぼくを、最後まで心配していたんだよ?」
「……心配?」
何の話だとカイルが問いかける前に、クロムから答えが聞けた。
「ハルカちゃんはさ、『仇を討とうとしているなら、止めたい。カイルもクロムも、命を大切にしてほしい。生き残った2人にはね、幸せになってほしいんだ。だから、そんな危険に飛び込まないでほしい』って、言ったんだよ? 自分がこんな風に遠ざけられるなんて知らずに、健気だよね」
まさか、気付かれていたのか?
隠し通そうとしていた事が知られていた事。そしてハルカの想いを知り、カイルは唖然とした。
「君とぼくが殺し合いをする事になるなんて、想像すら、できなかったんだろうね」
「その、話は、いつだ?」
「これ? キニオスを発つ前夜、君と満月を見たすぐ後にだよ。ハルカちゃんがもう少し早く姿を見せていたら、何かが、違っていたかもね」
これで話は終わりとばかりに、クロムがゆっくりと構えた。
「まぁ、もういいんじゃない? どうせハルカちゃんを助けたところで、君がみんなの元へ向かうのに変わりない。それに……」
姿勢を低くしたクロムの左目に、怒りが宿った気がした。
「自分の命すら大切にできない奴が、誰かを守れるなんて事、あるわけないんだ」
その言葉を合図に、また斬り合いが始まる。
クロムの考え、ハルカの言葉、どれも嘘を言ってるようには思えない。
だったら、俺達は何の為に、戦っているんだ?
もう考える事もさせないように、クロムの剣が腕をかすめる。
だからカイルは悩むのをやめ、決めた。
クロムを倒して、真実を聞き出す。
ハルカを、絶対に助ける。
今はそれだけを、考えろ!!
自分に言い聞かせ、カイルはさらに速さを求め、集中する。
攻撃をかわし、顔を狙って蹴りを入れる。防いだクロムが1度距離を取り、カイルも後方へ飛ぶ。
そして同時に駆けた。
次の瞬間、目の前に黒の光が生まれた。
あれは――!
勢いを止める事ができず、カイルは以前に見たそれをただただ目に映す。
その黒の光が花咲くように広がり、中からハルカが姿を現した。
間に合え。
そしてその向こう側には、驚きの顔から目標を彼女に決めたように、クロムが視線を動かすのが見えた。
今度こそ、俺が、助ける!!
『またぼくの目の動きに騙されたの? カイルは単純だねぇ』
『兄さん、言い訳しないの。ここは男らしく、騙されたー! って言った方がかっこいいよ!』
ふと、そんな思い出が蘇りながらも、カイルは片方の剣を手離した。
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