第226話 私だけの魔法
再び魔法に集中したルイーズは、息も絶え絶えになりながらも、立ち続けていた。
ハルカは心の中まで暖かくなるような眩しい光の中で、杖を握りながら膝をつく。
『あなた達が存在しなければ、お父様は狂う事がなかった!!』
『違う』
さっきの、声は……。
小さく、でも決して弱くない声の響きから、ハルカはルイーズの心に眠る何かに、触れた気がした。
「この魔法はわたしの心に反応するみたいね。だから、先程からとても不安定で、時間がかかっていただけ。けれどもう、大丈夫。わたしの目的を思い出せたから。ありがとう、ハルカ」
『守りたい』
目の前のルイーズはそう言い切ったが、もう1人のルイーズが断片的に訴えてくる。
これは、ルイーズの心の、声?
まぶたを閉じて眠りそうになりながらも、ハルカは杖を握りながら必死に耳を傾ける。
「ハルカ、1人で逝くのは怖いでしょう? だからね、カイル・ジェイドも、あなたの後をすぐ追うわ。いえ、もしかしたらもう、先に待っているかもしれない」
『誰も犠牲にしたくない』
ルイーズのどちらの言葉にも反応したハルカは、無理やり目を開く。
「ルイーズ、嘘を、つかないで」
「嘘だと思いたいわよね。でも現実よ。クロムから彼を処分する合図があったのはだいぶ前の事。だからもう、ハルカは何も考えずに、眠りなさい」
『誰かわたしを止めて!』
叫ぶようなルイーズの声と、マキアスの急ぎ立てるような想いを感じ、ハルカの体に力が戻る。
マキアス、ありがとう。
でもやっぱり、ルイーズとは、2人で話さなきゃ。
心の中で強く想いながら、ゆっくりと立ち上がる。
しかしルイーズはそんなハルカに反応せず、魔法に意識を向けているようだった。
「ルイーズは、この世界の人が、自分らしく幸せに生きる事を、願っているんだよね?」
「そうよ。その為には、異世界の人間を排除しないといけないの」
『そんな事、望んでない』
「そんな事をしなくて、いいんだよ」
ハルカはルイーズの心に寄り添うように、言葉をかける。
「今まで計画してきた事を、ようやく実行できたの。だから何を言われようとも、ここで立ち止まるわけにはいかない」
『止めたい』
「大丈夫。まだ、止められる」
「ハルカはさっきから何を言っているの? 諦めなさい」
『諦めたくない』
困惑したような声を出したルイーズだったが、それでも彼女の魔法は揺らがなかった。
私にはちゃんと、ルイーズの声が、聴こえているよ。
そう思った瞬間、ハルカは気付いた。
この声が聴こえるのは、私が黒の魔法使いだから?
「……ハルカ?」
ルイーズの声が微かに震えたのを聞きながら、ハルカの頭には想いが浮かび始める。
ルイーズが自分で作り出してしまった絶望という名の闇の向こう側に、彼女の本当の願いが眠っている。
ルイーズに目を背けられても、輝きを失う事なく、心の奥底でまた気付いてもらえるのを、ずっと待っていたんだね。
私にはそれがわかる。
だからこそ私は、その心を守りたい。
それが、私だけの魔法だから。
「まさか、今になって……!」
ルイーズが動揺したのか、ハルカを包む光が弱くなった。
「ルイーズ。あなたの
「や、やめて……」
ハルカはしっかりと立ち、杖を床に突き立てる。
そんなハルカから、ルイーズはゆっくりと後ずさっていた。
そっか、そう言えば、いいんだね。
最後に魔法の言葉が浮かび、ハルカの髪や服が、自分でもわかるほどはためく。
「お願い、やめてっ!!」
ごめんね。
でも、もう、苦しんでほしくない。
逃げ場を失ったように、ルイーズが壁際で震えていた。
そんな彼女へ、ハルカは心の中で囁き、魔法を唱える。
「あなたの心に眠る本当の願いよ。今こそ言葉となって現れて」
その言葉に反応したように、床の白く輝く模様がハルカを中心に黒の光に塗り替えられていく。
その瞬間、ルイーズは長剣から手を離し、胸元を押さえ、苦しげな声を出した。
「
そう言い切ったルイーズは膝から崩れ落ち、ハルカは模様から光が消えたと同時に駆け寄る。
「ルイーズ!!」
「わ、たし、は……」
ルイーズは手で顔を覆いながら、震えていた。だからハルカは杖を置き、そっと抱きしめた。
「思い、出した。わたし、いつの間にか、忘れて、いたのね……」
「……うん」
小さな囁きに、ハルカも静かに頷く。
「……わたしや、クロム、リクトやエミリアをはじめ、たくさんの人がとても恐ろしい思いを、させられた。だから、本当に異世界の人間が召喚されてしまった時、もっと酷い事が行われると、思ったの。そうなってしまった時の為に、この世界から逃げられるように、してあげたかったの……」
「だからあんなに、優しい魔法だったんだね」
「それに、お父様が狂っていたのは、誰のせいでもない。でも、でも……」
体の震えが酷くなったルイーズを、ハルカは先ほどよりも強く抱きしめる。
「昔の、お父様が、忘れられなかった。優しく微笑んでくれた、あの思い出の中のお父様が、本当の、お父様だって、思いたかった」
「……それもきっと、本当の姿だったんだよ」
ハルカの言葉に、ルイーズが顔を上げた。
「けれどもう、そんなお父様はどこにも、存在していなかった」
ハルカにしがみつくように、ルイーズは震えた声を出す。
「わたしは視力を失ってから、『お父様のような立派な王になりたい』と訴え続けた。お父様との出来事はその為の試練だったと、思いたかったから。するとお父様は、次の王となるのなら、引き継いでもらう事があると、わたしとクロムを、ある場所へ連れて行ったの」
ルイーズの両眼を覆う白い布が涙に濡れ、染みを作る。
「そこは、お父様が、異世界の人間を召喚する為の魔法を見つける、実験所だった」
この言葉に、ハルカはリクトの話を思い出す。
記憶をいじられたり、心をいじられたり、身体に刻まれる恐怖から逃れる為には、魔法を見つけるしか救いがなかったって、言ってた……。
違う魔法が発現した場合は、協力させるか、そのまま……。
思わずハルカはルイーズを抱きしめる手に力を入れたが、彼女はそれを気にする事なく、話し続けてくれた。
「もう、心が、生きている者が、いなくて。それでも、誰か、助けたくて。その時見つけたのが、椅子に縛りつけれながら拷問を見させ続けられていたリクトと、拷問の手伝いをさせられていたエミリアだったの」
『孤児達がどんな目に遭ったのかは、教えておいてあげる』
『もし、生まれた時からずっと、周りに信じられる人がいなかった場合、ハルカ様なら、どうされますか?』
リクトとエミリアさんの言葉を思い出し、ハルカは唇を噛み締める。
きっと、知ってほしかったんだ。
この世界でこんな事が起こったのを、忘れてほしくなくて。
それに、実験所にいた時よりも前から、きっと2人は、黒の魔法使いとして、傷付けられていたんだと、思う。
だからこそ、リクトも、エミリアさんも、ルイーズも、クロムも、どんな事をしてでも、この世界で生きる人を、守りたかったんだね。
ハルカはルイーズを抱きしめる腕を解き、彼女の手をそっと握った。
「ルイーズが助け出してくれたから、今こうして、リクトとエミリアさんと出逢えた」
「でも、彼らも、心は限界を超えていた。それでも、まだ、彼らだけなら救えると、教えてくれたのが、クロムだった」
クロムが?
何故それがわかったのか気になったが、ルイーズが話し続けているので、ハルカは黙って聞き続けた。
「だからわたしは、必死で考えた。どうしたら、助けられるのかと。そして出た答えをすぐに口にしたの。『わたしも将来王になるのなら、今から自分だけの特殊部隊が欲しいです。そこの少年と少女を自分にいただけますか?』と。けれど、お父様は決めかねていた。だからわたしは、他の提案を、してしまった」
ルイーズの手に力が入り、彼女は顔を下へ向ける。
「『このような事をするのは時間と資金の無駄です。今ここで無事なのは、その2人だけ。あとは心が死んでおります。その状態でお父様の求める魔法が生まれる事はないでしょう。それならば、どんな些細な異世界の記録も調べ上げる方が、得る物はあるはずです』と、進言した」
そこから、ルイーズの声は小さなものになった。
「『そこまではっきり言い切るのなら、そのようにしてみよう。しかしそれでは、この残りはどうする?』と、笑いながら言われたわ。まだ生きているのに、人ではないような物言いに、わたしは絶句した。するとクロムが自分だけの魔法を使い、痛みを取り除き、傷付いた者達を、自分の手で、眠らせてくれたの……」
クロムがまるで、黒の魔法使いの本来の役目を果たしたように思え、その多くの命を苦しみから解放したように、ハルカには感じた。
「そう……だったんだね。でもそれからは、そんな恐ろしい事は、起きなかったんだよね?」
「でも引き続き、異世界の研究は行われていたわ。そして…………」
何かに耐えるようなルイーズがぽつりと、呟いた。
「わたしの、発言で、戦争が、起きた」
「え? それはルイーズのせいじゃ――」
「違うわ。わたしの、せい」
震えが止まったルイーズがゆっくりと顔を上げ、言葉を紡ぐ。
「ジェイド一族の約束の魔法が諦めきれないお父様へ、わたしが、余計な事を言ってしまった。『もう最後と言われていたので申し上げますが、本当に異世界の力の何かを掴んでいるのなら、これ以上の深入りは危険です。ですからもう、関わらない方がよろしいでしょう』と。馬鹿なわたしはこの時もまだ、お父様の心配をしていたのよ」
ルイーズの口元が悔しそうに歪み、そしてゆっくりと、動き出した。
「わたしの言葉を聞いて、お父様は笑ったの。『そうだな。さすがは我が娘だ。自分に従わない異世界の人間を召喚する鍵を持つ者は、いつしか脅威となる。一族もろとも殺してしまうのがいいだろう』と、言い放ったわ。わたしは、そんなつもりで意見を述べたわけじゃなかったのに、もう、止められなかった」
さらに白い布に涙が広がり、ルイーズの声が震えた。
「でも、心のどこかで、わかっていたの。お父様がそういった考えの持ち主だって。でも、そこまでするとは思いたくなかっただけ」
そう言い切ったルイーズの手に、力が入る。
だからハルカはそれに応えるように、握り返した。
「だからね、もしもの時の為に、お父様がジェイド一族の約束の魔法に興味を持ち始めた頃から、クロムを送り込んでいたの。クロムの一族と同じように、お父様の犠牲になる前に、何かできないかと思って。クロムは特殊な魔法が使えて、自分が受けてきた傷を再現する事ができる。その姿を見たら、警戒されずに保護をされ潜り込めるからと、言ってくれて。そして無事潜伏したクロムから、人が多く集う場所なら狙われにくくなるかもしれないと伝えてもらい、外ではなく、町への移住を促してもらったのよ」
だから、3年前の戦争が起きる前から、クロムはカイルと共に過ごしていたんだ。
全てはカイルの一族と仲間達を助ける為の行動だったと知り、ハルカは力が抜けた。
「やっぱり3年前の戦争は、ルイーズのせいじゃない。それにカイルが生き残れたのも、ルイーズ達のおかげなんでしょ? だから今からでも遅くない。誰も犠牲にしない方法で、みんなが幸せに過ごせる世界にしていこう?」
繋いだ手を持ち上げ、ハルカはそう提案した。
けれどルイーズは、唇を噛み締めた。
「彼らの未来を奪ってしまった。そして戦争を起こした事で、多くの命が犠牲になった。その事実から目を背けたかったわたしは、本来の願いを忘れていった。見たくない現実を全て、異世界の力やジェイド一族の約束の魔法のせいにして。だから、時が来たら、利用しようと、生かしていただけ」
「それでも、カイルは生きてる。戦争が起きた中、生き残った人達もいる。だからこそ、ちゃんと真実を伝えなきゃ。これからを生きる人が、前を向いて進んでいけるように」
自分を責め続けるルイーズへ、ハルカは優しく声をかける。
そしてまたルイーズの手に力が入り、彼女が囁いた。
「もう、手遅れかも、しれない」
「そんな事ない」
「真実は、伝える。けれど、クロムも彼も、救えないかも、しれない」
「どうして?」
ハルカの問いに、ルイーズは声を引きつらせて答えた。
「クロムはずっと、彼の家族や仲間を救えなかった事を後悔しているの。わたしをお父様から守る為に、犠牲にしてしまったから。そして彼の願いが……死を、みんなの元へ行きたいと、望んでいると、言っていた。その願いを叶える為、自分を殺させ、彼も殺すと、クロムは決めているの」
カイルが、そんな事を……?
全く予想していなかった事を知らされ、ハルカは頭が真っ白になった。
「クロムは痛みをなくせば、すぐに死ぬ事はないと、言っていた。だから致命傷を受けた後、共に、逝くと、言っていたわ。それぐらいしか、彼にできる事がないと、言って」
どうして?
どうしてそんな、悲しい事をしなきゃ、いけないの?
カイルとクロムが過ごしてきた時間は、本当に大切なものだったと、ハルカには理解できていた。
だからそんな事は止めなければいけないと思った瞬間、ハルカはルイーズから手を離し、杖を手に取っていた。
「ハルカ?」
「行かなきゃ」
「……最後に、クロムから忠誠の魔法で知らせが届く予定ではいる。けれど彼はそんな事をせず、逝ってしまうかもしれない。だからもう、間に――」
「そんなの、行かなきゃ、わからないよ!」
引き留めようとしてくるルイーズを置いて、ハルカは立ち上がる。
「こんなに悲しい事を、カイルにもクロムにもさせたくない」
「……わたしも、わたしもよ。でも、わたしは、もし、クロムの願いが叶っていたらと思うと……、怖い」
「だったら先に、私が行く。だからルイーズは、後から来て」
ハルカは走り出したがふと、床の模様の上で足を止めた。
走るよりも、魔法を使った方が早い。
待ってて。すぐに行くから。
大丈夫。
私がカイルまでの道を、迷うはずがない。
ずっと一緒にいてくれたカイルの姿を思い出しながら、ハルカは魔法を唱えようとしていた。
「王城内では王家の者以外、転移の魔法は使えないわ……」
そうルイーズの声が聞こえたが、ハルカは考えを変えなかった。
やってみなきゃ、わからない。
杖を床に突き立て、魔法を唱える。
「カイルのところへ!」
その言葉に反応したように、床の模様から黒い光が現れる。
「これも、魔法陣の効果なの……?」
ルイーズの声を聞きながら、ハルカは闇に包まれた。
ここから先を読むのが、いつも怖い。
命が消えていく瞬間を初めて目の前で見た私は、今でもその光景がはっきりと浮かぶ。
誰しもが奇跡の中で生きていると、改めて思い知らされた出来事だったから。
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