第十話 カイルの覚悟

 今日の鍛錬を終え、カイルは最低限の物が揃う部屋で、眠れぬ夜を過ごしている最中だった。

 その時、急に目の前に緑髪緑眼の自分が現れた。

 これが父が言っていた記憶なんだと理解した時、カイルは過去の自分の約束を果たした。


 昔の俺も、今の俺と変わらないな。


 自らの手でちぎり取った赤い糸が消えるのを見届けながら、カイルは自嘲する。


 俺と出逢った事を、ハルカは本気で悔やんだんだろうな。


 カイルが望む通りにハルカの心を傷付けたのに、それが形になって現れると、酷く胸が痛んだ。

 その時、扉を叩く音が聞こえた。


「カイル、今、何か魔法を使った?」


 クロムの焦る声が聞こえ、カイルは扉を開くと中に招き入れた。


「何故わかった?」

「なんか凄い魔力を感じたんだけど、何?」


 ファレルの魔法は神から授けられたものだからだろうが、クロムにもそれが伝わったようだった。


「名もなき話の中にある、約束の魔法が目覚めた。封印されていた記憶と共にな」

「どういう事?」


 戸惑いを浮かべるクロムは早く詳細が知りたいようで、立ったままカイルへ問いかけてくる。


「今の魔法は、前世の俺が使えた魔法だ。現在の俺とハルカにとっての、再会を約束するものだった。けれど、俺がハルカを傷付けた事によって、ハルカは俺をちゃんと拒絶できた。そしてこの約束が、今のハルカを苦しめる。だからもう発動しないように、解除した」


 カイルからの説明を聞きながら、クロムは険しい顔つきになった。


「やっぱりカイルが、ハルカちゃんを喚び寄せたの?」

「そうみたいだな。何でも願いを叶えてしまう魔法だったから、父さんは俺にもそれを教えなかったんだろう。その存在が明るみに出れば、大変な事になるからな」

「……異世界の力は使い方次第で、恐ろしいものになるものばかりだね。その魔法は今のカイルも使えるの?」

「いや、使えない。前世の俺だけの魔法で、復活する事はないだろう。もし仮に、ハルカが前の世界に戻る事があったとしても、喚び寄せる事はできない」


 ずっと険しい顔をしていたクロムが、安堵したような顔つきになった。


「そっか。それならもう、異世界の人間は喚べないね」

「異世界の人間というか、ハルカ限定だけどな」


 自分自身の言葉に胸が苦しくなりながらも、カイルはクロムへの説明を続けていた。


「ずっと、どんな魔法なんだろうって思っていたけれど、ライリーさんの判断は正しかったね」

「そうだな。父さんが何故そこまでしてこの記憶を途絶えさせないようにしたのか、理由もわかったしな」


 もう興味はなかったが、ハルカをこの魔法から解放できて、よかった。


 そう考えるカイルへ、クロムの手を叩く音が聞こえた。


「どうした?」

「カイルの魔法にびっくりして忘れてたんだけど、例の奴、少し早いけど任務が終わったんだ」

「それじゃあ……」


 クロムが真剣な表情を浮かべ、頷く。


「早ければ明日、そいつとの対決になる。準備はいい?」

「そうか。準備も何も、俺はいつでもいいぞ」


 ようやく自身の願いを叶える時が来たのだと、カイルは拳を握る。


「そう。頼もしいね。あとさ、もう1度おさらいしておくね」


 クロムはかすかな笑みを浮かべならがらカイルへ近付き、目的の男の特徴を話し出す。


「前にも言ったけど、その男は複数の属性持ち。黒と緑の魔法使いだ。緑の使う魔法はカイルと似た魔法を使うけど、君の方が速いから問題ない。だけど、黒が使う魔法は用心すべきだ。姿を消されたらわからないし」


 クロムほど完璧に全てを消せる者も限られるだろうが、そのクロムからの忠告だったので、カイルは素直に頷く。


「入隊試験を装うから、そいつに黒の魔法は使うなと伝えておく。だからカイルが違う目的でそいつと対峙するのを悟られる前に、倒せ」

「わかった。俺からも言っておく。何かあっても、クロムは手出ししないでくれ」


 カイルがずっと言い続けていた言葉だったからか、クロムが苦笑した。


「わかってるよ。今のカイルなら、どんな相手でも倒せるんじゃない?」

「油断していい相手じゃない。だから、全力で挑む」

「そうだね、それがいいだろうね。その為に、ぼくがカイルを育ててきたんだから」


 クロムの言う通り、彼がいなければここまで急激に成長する事はなかった。

 出会った時から、鍛えてもらっていた。そして、自分だけの魔法が目覚めた後も、それに合わせてクロムが剣の使い方や戦い方を改めて教えてくれたのを思い出し、カイルは宣言する。


「クロムが俺に費やしてくれた時間を、決して無駄にはしない。絶対に倒し、真実を聞き出す」


 これからのハルカには、聖王様とみんながついている。

 魔法も解除できた今、心残りはない。

 だから俺の目的を、果たすまでだ。


 そう考えるカイルへ、クロムが優しく微笑んだ。


「大丈夫。君ならできる。ぼくはそう、信じているよ」


 いつしか兄のように慕っていたクロムからの言葉は、カイルの背中を力強く押してくれた。

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