第209話 3年前の戦争の真実とは?
ミアとリアンだと思っていたのに、現れたのはカイルだった。かろうじて名前は声に出せたものの、ハルカは目の前の人物が本当にカイルなのか、理解するのに時間がかかった。
『お前じゃなく、オリビアが生きていれば、よかったんだ』
思い出さないようにしていた言葉が頭に響き、ハルカは後ずさる。
「部屋に入っても、いいか?」
「あ……、うん……」
思わず目を逸らしながら、ハルカは部屋へと案内した。そして中ほどまで進むみ、ぎこちなく振り返る。
けれどカイルの目を見る事ができず、彼の足元だけを見て尋ねた。
「あのさ、私はもう、用済み、なんだよね? それならなんで、ここに来たの?」
ハルカの言葉に、カイルの困惑したような声が聞こえる。
「怒るのも、無理はないよな。でも、ハルカの為、だったんだ」
その言葉に、ハルカはハッと顔を上げる。
色々な感情を抑え、涙を堪えているからか、カイルの存在がひどく曖昧なものに見えた。
「私の為って、何?」
「異世界の力を狙う奴らから守るには、これしか方法がなかったんだ……」
聖王様が言っていた保護って、そういう事……?
でも、それならなんであんな事を……。
それにしては、カイルはもう自分と会うつもりもないような言葉ばかり残していた。
だから、ハルカには納得できなかった。
「じゃあなんで、私は用済みなんて、言ったの? それにそういう事なら、ちゃんと話してよ!!」
やりきれない想いが言葉になって、弾ける。
そんなハルカの引きつったような声に、カイルは顔を歪めた。
「すまない。でも、そうでも言わなかったら、ハルカはこの世界に未練が残るだろ?」
「……未練?」
いったい何を言われているのかわからず、ハルカは聞き返す。
すると、真剣な顔をしたカイルの口から、理解できない言葉が発せられた。
「異世界の力を悪用しようとしている奴らが、この城の中に潜んでいる。確実に守り通す事ができなかった時、きっと最悪な出来事が起きる。そしてハルカが存在するだけで、この世界がさらに壊れていく。だからもう、この世界にハルカの居場所はない」
言葉を飲み込めていないハルカへ、カイルはとても冷たい視線を向けてくる。
「元の世界に帰るんだ。それしかもう、方法がない」
元の世界って……。
カイルの言葉に何と返事をしていいかわからず、ハルカは黙り込んだ。
すると、なんだか雰囲気が違って見えるカイルが、近づいてきた。
「本当なら、この手で守り通したかった。でも、3年前の戦争の真実を知ってしまった。だからハルカにも、伝えておく。異世界の人間の存在が、どういった影響を与えたのか」
やけに黒みが強く見える黒緑色の瞳はずっと冷たいままで、ハルカは戸惑う。
「その、真実って……?」
ハルカが囁くように質問をすると、カイルの表情が消えた。
「3年前の戦争は、俺の父さんが、原因だった」
いったいどういう事かわからず、ハルカはカイルを見つめ、続きを待つ。
「名もなき話の中にある『約束』。それに前王は目をつけていた。あいつの目的は、『異世界の人間を召喚し、その力を自分のものにする』。ただ、それだけだった。異世界の力を手に入れられれば、永遠にこの世界に自分の名が残ると、下らない妄執に取りつかれていたんだ」
まさか王という人がそんな事を考えていたとは思わず、ハルカは唖然とする。
「だから必死に、異世界の人間を召喚しようとしていた。そのせいで、惨たらしい実験も繰り返されていた。そして何度も父さんを呼び寄せ、約束の内容を問いただしていたんだ。そこに、異世界の人間を召喚する方法が隠されていると思って。でも、父さんは口を割らなかった。だから、戦争が起きた」
何から聞いていいのかわからず、ハルカは気になった言葉を口にする。
「……実験って? それに、どうしてそれだけで、戦争が?」
「あいつが目をつけたのは、『まだ自分だけの魔法に目覚めていない、色鮮やかな髪色の魔法使いと黒の魔法使いの孤児』だった。理由は、特殊な魔法に目覚めやすいからだ」
落ち着いて話しているように思えたが、ハルカはカイルの表情から、静かな怒りを感じた。
「拷問を受ける者。それから目を背ける事も許されず、見させられる者。中にはもう自分だけの魔法が目覚めているのに特殊な魔法が使えるからと、その手伝いをさせられていた者もいた。それを明るみに出さない為、ただただ甘やかされて過ごした者もいる。魔力の暴走を抑える研究の成功例として、無事に外へ送り出す為に。そのどれもが、異世界の人間を召喚する魔法を目覚めせる為に、行われていた事だったんだ」
ハルカはカイルの言葉を想像し、世界が急に色を失ったように思えた。
「そんな……そんな、酷い事が……」
「あいつは狂ってる。そして今は自分の名が残せず心を病み、寝たきりだ。でも、俺の父さんも、悪いんだ。隠さずに話しておけば、こんなにたくさんの人を犠牲にする事はなかったんだ」
少しだけ眉を寄せ、カイルが自分の父について、言葉を紡ぐ。
「前王は問いかけたそうだ。『今日で最後にしよう。話す気はないのか?』と。だけど父さんは、『先祖の口約束ですから、王の望むものではありません』と、言い切ったそうだ」
ここで言葉を切ったカイルの目が、すっと細まる。
「その返答で前王は決めたそうだ。『自分に従わない異世界の人間を召喚する鍵を持つ者は、いつしか脅威となる。一族もろとも殺してしまえ』と」
淡々と話すカイルが心配ではあったが、前王の命を奪う理由があまりにも身勝手で、ハルカは同時に怒りも覚える。
「命を、なんだと、思ってるの……」
「前王からすれば全ての民が、ただの駒、だったんだろうな。だから確実に根絶やしにする為に、祝いの木の周辺の町も襲わせたんだ。俺の一族が助けを呼んだとしても、応えられない状況を作る為に。周辺の町を襲わせた奴らは、実験にも関わっていた。そいつらには洗脳の魔法が使われ、真実を話せないようにして自死させたんだ」
「そんな……。そんな事ができるなんて、人じゃ、ない」
同じ人間のする事とは思えず、ハルカは絶望を感じながらも、怒りに震えた。
「そうだな、あいつは人じゃない。それは確かだ。そしてその全てを、俺の仕業にしようとしていたんだ」
「…………え?」
あまりにも訳がわからず、ハルカは掠れた声をもらす。
「俺の一族を襲ったのは、異世界の研究の責任者をしていた特殊部隊の前隊長、ロベールとその部下だった。このロベールという男が、俺の姿に見えるよう、部下に幻術を掛けていたんだ。理由は、俺の姿なら、父さんが真実を話すかもしれない。そしてみんなを、処分しやすいから。それに仮に誰かが駆けつけたとしても、俺の姿なら見られてもいいと、そんな考えからだったそうだ」
だから……、だから、祝いの木から、カイルの名前が……。
あまりにも残酷な真実にハルカは驚愕し、言葉を失った。
「そして異世界の力に魅入られた結果、その力を手にした俺がこの戦争を起こしたとして、俺1人に罪をかぶせ、処分する予定だったんだそうだ」
「そんな事って……!!」
ルイーズとはあまりにも違う前王の行いに、ハルカの怒りを込めた声が出る。
「だけど、クロムがいた事で、それは阻止された。そして聖王様の部下が動き、ロベール達は処分された」
クロムが、カイルを、助けてくれたんだ。
そして聖王様も、まだ王じゃなかったはずなのに、動いてくれていたんだ。
先程から感情を押し殺しているような声を出すカイルは、下を向いてる。
それが心配になり、ハルカはそっとカイルへ近づく。
すると、普段よりも深い色に見える黒緑色の髪を払いながら、カイルがゆっくりと顔を上げた。
そして光を無くしたような黒緑色の瞳が、ハルカに向けられる。
「こんなに悲惨な出来事はもう起こしたくないと、聖王様は言っていた。ハルカがいる限り、この可能性は消えない。そして記憶の伝承も、その引き金となる。だから、俺で終わりにする」
カイルの言葉に、ハルカは立ちすくむしかなかった。
その間に、彼は収納石から何かを取り出していた。
「ハルカ、この世界の為に、俺達にできる事をしよう」
カイルの片手に収まる大きさの白い箱の蓋が開かれ、中には見覚えのある真っ青な海の色の水が現れた。
「これ……楽音器の、水?」
「そうだ。これにハルカの言葉を記録させる」
「どういう事?」
ハルカの質問には答えず、カイルはハルカの手首を掴み、水に触れさせた。
「
何をするの? と言いたかったのに、カイルは急いでハルカの手を離すと、人差し指を当ててきた。
「この魔法は、この水に触れたものの声や音だけを記録する」
そう言いながら、カイルはハルカの口元から指を離し、顔を近づけてきた。
「今、ここは、ハルカと俺の世界だ。だから、この声を外に届ける為に、ハルカはただ立ち続けながら、俺が今から言う言葉だけを真似てくれ」
カイルの言葉を聞きながら、ハルカは、ある事に気付く。
カイルが魔法の発動動作をしていなかった。
さっきの話をしたから気が動転して、忘れたの?
よくわからない状況ではあるが、魔法が使えていないんじゃないかと思い、ハルカはそれをカイルに伝えようとした。
けれど声が出せずに、思わず喉を押さえようとする。それなのに、体が硬直したように動かなくなっていた。
その間にカイルは箱に蓋をして、話し出した。
「余計な言葉が入らないように、違う魔法も掛けさせてもらった」
「余計な言葉が入らないように、違う魔法も掛けさせてもらった」
カイルの言葉に続くように勝手に声が出て、ハルカは驚く事しかできなかった。
その様子を、どこか楽しそうにカイルは眺めている。
そして説明もないままに箱の蓋を開け、カイルが話し始めた。
「私は、異世界からの転生者です。そしてこの世界に、影響を与える者でもあります」
「私は、異世界からの転生者です。そしてこの世界に、影響を与える者でもあります」
口を閉じたいのに勝手に喋り出す自分が気持ち悪くなり、ハルカは助けを求めるようにカイルへ視線を送る。
そんなハルカを無視するように、カイルは話し続ける。
「髪色が鮮やかになる原因も、黒の魔法使いの性質も、過去の異世界の人間の影響で真実をねじ曲げられているだけで、誰も罪には問われません」
「髪色が鮮やかになる原因も、黒の魔法使いの性質も、過去の異世界の人間の影響で真実をねじ曲げられているだけで、誰も罪には問われません」
確かに事実なのだが、それなら自分の意思で話すべきだと、ハルカは抗議の目を向ける。
すると、カイルは驚くべき事を言い出した。
「全ての罪は、異世界の人間と、それを喚び寄せた者にあります。3年前の戦争も、私達のせいで起こってしまった出来事でした。ですから、異世界の人間が今後この世界へ入ってこないよう、聖王様に神からの助言を託して、私はこの世界を去ります。そして喚び寄せた者にも、罪を償ってもらいます」
こんな事を言うのが私達にできる事なの!?
あまりの内容に、ハルカは自分でもわかるほど目を見開き、カイルを見つめた。
それなのに、真っ黒に近い黒緑色の瞳はハルカなど映していないように、ただただ見返してくるだけだった。
「全ての……」
必死に抵抗するように、ハルカは声を振り絞りながら、カイルを見続ける。
「罪は……」
おかしい。
カイルはこんな事を言う人じゃない。
「異世界の……」
それにさっきから、カイルの雰囲気が、変だ。
いつもの彼じゃない。
よく見れば、瞳の色も髪の色も、違う。
目の前にいるこの人は……、誰!?
そう強く思ったからか、ハルカの口が自分の意思で動く。
「しょう、かん!!」
体が動かせず、ハルカはマキアスを喚びよせる。
そんなハルカの意思を感じ取ってくれたようなマキアスが、胸元の生誕石のある位置から飛び出したと同時に黒い炎を吐く。
それでも白い箱に蓋をしながら、カイルは身を翻し、難なく避けた。
けれど黒い炎は勢いを増し、距離を取ったカイルを追いかけ、包み込む。
「「あーあ」」
薄く笑うカイルの声と誰かの声が、重なるように聞こえた。
そして、黒い炎がカイルの顔を蝕むように広がる。その下から現れた、無造作な黒髪のショートボブの隙間から覗く、大きめな黒い瞳とハルカの目が合う。
「ちゃんと最後まで言えたらご褒美をあげる予定だったのに、台無しっすね」
そんな言葉を吐きながら、黒い炎の中のリクトは、とても楽しそうな笑みを浮かべていた。
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