第189話 現れた新種の魔物

 ここ数日、どんよりとした曇りの日が続いている。いつ雨が降り出してもおかしくないような空の下、ハルカ達はリアンの防御壁の中にいた。そこで、ミアから毒耐性の魔法を掛けてもらい、草原にそびえ立つ黒い柱を見据える。


「カーシャ、何かあればすぐ衛兵に連絡を」

「任せて。悔しいけど、衛兵を動かすには何か起こらないと動かせない。けれど、討伐の邪魔もさせない。その為に、私はここに来たんだから」


 カーシャさんが真剣な表情でカイルに応えた。

 そしてカイルは頷くと、ハルカを真っ直ぐに見つめてきた。


「本当なら、1番危険な事をさせたくないのも事実だ。でもな、俺達は、ハルカを信じると決めた。だから、何があっても迷う事なく、ハルカはハルカのすべき事をやり遂げてくれ。だが、ハルカの居場所が知られたり、予定外の事があれば、自分の命を最優先しろ」

「わかった。でも私は、みんなの命を最優先する!」


 誰も傷付く事なく、無事に終わらせる!


 そう強く願う事で、ハルカは自分に喝を入れる。

 その様子にカイルは軽く微笑むと、黒い柱へ視線を戻した。


「ハルカらしい返事だな。それじゃ、はじめるぞ」


 カイルの言葉で全員が武器を構え、そして彼はキルシュミーレを取り出す。自身に防御と速さ付与の魔法を掛け、カイルは風のように走った。前回試したようにキルシュミーレを草原へ転がし、大きく距離を取る。


 もう少し……。


 黒い柱がぼろぼろとこぼれるようにキルシュミーレに群がりきるのを待ちながら、ハルカは武器を握り直した。


 もうちょっと…………、今だ!


 黒い柱から移動するものが途切れ、ハルカは魔法を使った。


 今からつける目印は、決して消えない!


「真実を! 影縛り!」


 黒く蠢く塊の中から白いハチを見つけ出す為、ハルカは魔法を使い続けた。前回つけた黒い布は、ハルカが上空から戻ってきた時に消えてしまった。だから今回は、より強い想いを込めて掛ける。

 そしてハルカの声に合わせて、カイルが動く。

 その直後、切り裂かれた魔物が草原を埋め尽くしはじめた。


「動かない魔物相手なら周りに誰もいない方がいいって、そういう事か。あの速さじゃ俺も避けきれねぇしな。じゃ、俺らも行くか」

「それじゃ、また後でね」


 軽く散歩でもしに行くような調子で、サンとアルーシャさんは拳を合わせ、素早く防御壁の外へ移動した。


「この様子だと、半数以上を倒しきるのもすぐじゃないかしら……」

「上空に黒い穴が出現するのが合図、でしたね」


 ミアとリアンが確認しあっているのが聞こえたが、ハルカはそれまでに全部の白いハチを見つけようと奮闘していた。


「現れる兆候が見えたら、すぐ上空へ行こう。カイルは音が聞こえたら距離を取るはずだ。だからぼくらは、新種の魔物に集中しよう」


 クロムの言葉に頷きながらも、ハルカは前を向き続けた。


「俺は、レジーナと新種の魔物の全体がはっきりと見えたら、合図。ハルカさんの魔法が確認できたら、熱を遮断する土の壁……」

「アンドリューが魔法を使って、サン兄もアルーシャさんも魔法を使ったら、俺もカイルさんに声をかけて魔法……」


 アンドリューくんとヴァルくんの呟きが何度も聞こえたその時、異変は起きた。


「ハルカちゃん、行くよ」

「カイル! 上空に黒い穴が出現しました!」


 クロムの言葉と同時に、ハルカは白いハチに目印をつけ終えた。

 そしてリアンの声に合わせて、カイルは追加のキルシュミーレを取り出し、投げる。そのまま距離を取り、外で待機した。


 見えている範囲では魔法を掛けられたはず。

 あとはみんなを信じる!


 クロムが、防御と姿や気配を消す魔法をすぐに唱える。

 そして、幻影で出来た黒い柱の真上に広がりはじめた黒い穴を、ハルカは確認した。それを目指す為、ハルカとクロムはマキアスの背に乗り、飛び立つ。


「ハルカ! 無茶はしないで! 何かあればこんなに強い仲間がいるんだから、全部任せなさい!」

「終わり次第、すぐにお戻りを!」

「ハルカちゃんをよろしくお願いしますね、クロムさん」


 ミアとリアンの声、そして意外なカーシャさんの言葉を聞きながら、ハルカは杖を握りしめた。


「みんながいるから、絶対成功する」

「そうだね。ぼくらには、まだまだやるべき事があるからね。こんな仕事、早く終わらせてしまおう」


 後方のクロムから、普段の甘い響きの声ではなく真剣な声で囁かれ、ハルカは頷く。

 そしてどんどん近づく空の黒い穴が、とても大きく広がった。


「このぐらいの距離で、目視できそう?」

「ここなら、見える」


 クロムの呟く声が聞こえ、ハルカは黒い穴から離れつつも横並びになるよう、マキアスに止まってもらった。姿を見たり動きを止めるなら、しっかりと視界に入れていないと魔法が発動できない。だからハルカ達は距離を置きつつ、魔法を掛ける準備をする。


 次の瞬間、黒い穴はさらに大きくなり、紫色の稲妻が走る。

 そして穴の中からゆっくりと、光沢のある青緑色の、巨大なサブスホーネットが姿を現した。


 あれがレジーナ!


 ハルカはそう考え、その背中に隠れているであろう、新種の魔物の姿を目に捉えようとしていた。

 うつ伏せの状態でじりじりと姿を現したレジーナ・サブスホーネットの背から少しだけ離れ浮く、レジーナよりも大きな、まるで氷の彫刻のようなハチも姿を現す。


「幻術で弱点を隠しているのか……」


 クロムの冷静な声を聞きながら、ハルカは魔法を使うタイミングを見計らっていた。


「一緒に下へ向かおう」


 クロムの言葉に、マキアスが動き始めた。

 レジーナ・サブスホーネットが姿勢を整え、その背の近くにいた巨大な氷のハチも、真っ直ぐな姿で下降する。


「地上のアンドリューくんからの合図は、ぼくが確認しておく。ハルカちゃんは目の前だけ見ていて」


 武器を握る手に力を入れ、ハルカは頷く。


 私は1人じゃない。

 だから、できる事に全力を尽くす!


 そしてクロムから知らされるであろう言葉を待ちながら、前だけを見据える。


「アンドリューくんが構えた。いいよ」

「真実を!」


 クロムに返事をするように、ハルカは魔法を使う。

 そして目にしたのは、巨大な氷のハチの後方に、レジーナ・サブスホーネットよりもひと回り小さい魔物の姿。真綿の毛皮で首回りを飾る純白のハチが、そこに存在していた。


「影縛り!」


 本当の姿を、みんなに見せなさい!


 そう思うハルカの魔法は、純白のハチの腹部に黒い布を巻き付けた。羽まで押さえてしまうとキルシュミーレまで誘導ができない。だからこれがハルカにできる、みんなへの目印だった。


 これでキルシュミーレに誘導できれば、あとは安全に討伐できる!


 ハルカがそう思った直後、全身が凍りつくような悪寒に襲われる。


 な、に、これ。


 だが次の瞬間、ハルカの杖が熱を帯びた。

 そのおかげで、ハルカは意識を取り戻す。


 ガチンガチン


「マキアス!」


 気味の悪い音が新種の魔物の方から響き、ハルカが声を発すると同時に、マキアスが動く。


断熱だんねつ障壁しょうへき!」

「伏せろ!!」


 アンドリューくんの声と共に、クロムの切迫した声が響く。

 それに気付いた時、ハルカはマキアスの背に顔を埋めていた。相変わらず熱を帯びている自分の武器の存在を胸下に感じ、その励ますような暖かさから、守れていると感じる。

 けれど同時に、背中のクロムが大きく揺れた。


「ぐうぅっ……!」

「クロム!?」


 状況がわからないまま、マキアスが止まる。


「クロム!!」

「苦しいでしょうが、体を動かしますよ」


 クロムの魔法はいつの間にか解除されていたようで、ミアの叫ぶような声が響く。同時にリアンも近くまで来ている事がわかった。そして背中が軽くなり、ハルカも急いで体を起こす。

 そして見えたものは、クロムの右腕に巨大なダーツのようなものが、白い花を咲かせるように埋め込まれている光景だった。

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