第139話 揺らぐ世界

 爽やかな風が、精選所の小屋の前いるハルカ達の間を優しくすり抜ける。


 ハルカはここにいるみんなと再度話し合い、アイザックとエブリンには通信石で確認を取ると考えをまとめた。

 そしてようやく、師匠さんにエルフ族に叶えて欲しい願いを伝えた。


『本当に、『キルシュミーレ』でよいのか?』

「はい。ウィルさんからお聞きしていて、希少なものなのはわかっています。ですから逆に、大丈夫ですか?」

『いや、それならば、更に特別なものを用意しよう。好きなだけ、持って行くがいい』

「ありがとうございます!」


 ハルカはみんなで受けられるお礼として、薄桜色の蜜を頼む事にした。

 この時期にしか採れないもので人気が高く、値段も張るが求める人が後を絶たないと、精選所で待機をしていた時にウィルさんから聞いていた。だからハルカはみんなへのお礼と、それにキニオスでお世話になった人達へのお土産として考えていた。


「なんつーか、その、無欲だな」

「えっ? 私、高価なものを要求したんだよ? むしろ欲深いんじゃ……?」

「いんや、全っ然」


 サンは頭を掻くと、軽い口調に似合わない真面目な顔でそう言った。

 そんなやり取りをしていたら、師匠さんが再び口を開いた。


『そして、今後も旅を続けるであろう冒険者達には忠告がある。魔物が増えている原因を探っていたのだが、場所が特定できなかった。世界が揺らぐ時、魔物が騒ぐのだが、今回は特別騒々しい。ここまでではないが、3年前の人間族の戦争と王位交代の時期の揺らぎと似ていると思ってくれ』


 まただ。

 また、3年前の戦争の話だ。

 カイルからこの戦争は、本当の意味で終わりを迎えていない、と聞いてはいたけれど……。もしかして、すでに何かが起こり始めているの?


 自分の不安が現実味を帯びてくる事に恐怖しながらも、ハルカはまだ話を続けている師匠さんの言葉に耳を傾けた。


『あの時は人間族の王都付近で酷い揺らぎがあり、魔物が増えていた。しかし今回、我々が様々な地を巡って感じた事がある。それは、『どの地も酷く揺らいでいる』という事実だ。普段なら一部の大きな揺らぎを見つけて対処するのだが、今回は見当が付かない』

「サイラス様達でもわからないなんて……」


 精霊使いとは、世界の揺らぎも感じるものなのだと思いながも、ハルカは師匠さんとウィルさんのやり取りから不穏な空気を感じていた。


『考えられるとすれば、まだ大きな揺らぎが発生していない、という事だ。どの地も揺らいでいる事から、どの地に大きな揺らぎが発生しても不思議ではない。そして、その大きな揺らぎに合わせたように『新種の魔物』が現れる。十分、注意されよ』


 何かが起こる時、世界が揺らぎ、『新種の魔物』が現れるの?

 同時にそんな大変な事が起きて、この世界の人達がまた傷付く姿なんて、考えたくもない。

 早く、大きな揺らぎの場所が見つかりますように。


 自分ではどうする事もできない現象に、ハルカは心の中で強く願うしかなかった。



 師匠さんとの会話を終え、1人1人と別れを告げていた。


 ライオネルくんは、ハルカと明日も会えるかの確認をした後、ご両親に結果を報告する為に家へ急いだ。

 サンは明日の朝、ギルドでの待ち合わせを約束した。そして彼は、まだ忙しくしているであろうアイザックとエブリンに連絡を取りながら、のんびりと精選所を出て行った。

 ミアとリアンも、同じく明日ギルドで待ち合わせとなった。旅芸人の仲間達に今後の報告をする為に歩き出した2人の背中を、ハルカは見送った。


 そしてウィルさんからは、予想していなかった言葉を告げられた。


『最後に、これだけは言わせて下さい。自分はいつでもハルカ様を伴侶として迎え入れる準備をしておきます。心変わりをしましたら、すぐにご連絡を』


 この言葉を蕩けそうな笑みで告げてきたウィルさんだったが、何故かそのままカイルを見つめた時、挑発的な表情に変化した気がした。

 そしてしどろもどなハルカの手を引いて、カイルは宿までの道を無言で歩き、そのまま部屋の中へと歩みを進めた。

 

 そ、そろそろ、沈黙が辛い……。


 ハルカはこんなに黙り込むカイルを初めて見て、戸惑っていた。だが、カイルへの恋心かもしれないふわふわした気持ちも同時に存在していて、自分から言葉を発するのも気が引けていた。

 そしてそちらに意識が向いてるのを悟られないように、ハルカは入ってきた扉の前で目を閉じ、深呼吸をしていた。


「……ハルカ。小屋の中で、ウィルから求婚されたのか?」

「えっ!? えーっと、あの、その……。そ、そうです……」


 驚いて目を開けると、カイルが能面のような表情で目の前に立っていた。

 そして、求婚、という言葉を自分で肯定する事をためらいながらも、ハルカは弱々しく返事をした。


「だからか。それが原因でさっきからずっと、顔が赤いまま黙っていたのか?」

「へっ!? 顔、赤い!?」


 あぁ、もうっ!! 

 顔が赤いのは別の理由なのに! 

 今すぐ普通の顔色に戻ってーー!!


 ハルカは顔の熱を抑える為に、両手を頬に当てて必死に自分に言い聞かせていた。


「ウィルの言葉で断ったのはわかったが……。ここに留まっても、きっとハルカの魔法は見つかるぞ」

「ここに留まるって?」

「ハルカは…………、ウィルに、想いを寄せているんだろ? だったら、共に過ごしたらいい」


 カイルのその言葉は、ハルカの頬の熱を奪い、針で胸を刺されるような痛みを与えてきた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る