第137話 それぞれの愛のかたち

 小屋の中にある大鍋から微かに香る柑橘系の香りを感じると共に、ハルカは自分の頬が徐々に熱を帯びていくのも感じていた。


 どうして、カイルが……?


 ウィルさんから心に決めた人がいるか問われただけなのに、カイルの姿がはっきりと浮かび、ハルカは動揺した。


「その表情を見る限り、いらっしゃるのですね」

「いえ! その、いるわけじゃ、ないんです……」


 ウィルさんは力のない笑みを浮かべていたが、それ以上にハルカは自分の言葉に落ち込んだ。

 すると、ウィルさんが小さく笑った。


「自分は、余計な事をしてしまったようですね」

「えっ?」

「ハルカ様がまだ気付かれていなかった、心の中に眠る恋の花を、芽吹かせてしまったみたいですね」


 恋の、花?

 私、カイルに、恋……してるの?


 その言葉を浮かべた瞬間、ハルカは自分の顔が先程より熱を帯びたのを嫌でも感じざるを得なかった。


「その花を咲かせるのが自分であったらよかったと、心から思います」

「あ、の……。ウィルさんは、どうしてそこまで、私の事を?」


 自分の中で眠っていた感情が心を支配し切る前に、ハルカはウィルさんの想いに対して、真剣に向き合おうとしていた。


「ハルカ様の言葉で自分の願いを思い出し、心惹かれました。そして、あなたが人間族だからです」


 人間族だから、の理解ができず、ハルカはウィルさんの次の言葉を待った。


「同じエルフ族でしたらゆっくりと時間をかけて愛を育めるのですが、同じ時間をかけてしまうと他種族……、特に人間族はあっという間に生を終えてしまいます。だから心惹かれれば、こうしてすぐに想いを伝えるのがエルフ族の習わしなんです」


 そういえば、師匠さんも凄い長寿のようだった。

 しかもウィルさんは、私より少し年上なぐらいに見える。それなのに……、人間族と恋に落ちたら、この先を考えて寂しくならないのかな?


 新たな疑問が生まれたが、ハルカはここまで話してくれたウィルさんにちゃんと返事を伝える事に意識を向けた。


「……まだ私とそんなに歳が変わらないと思うのに、これからを一緒に過ごす決断をして下さった事には感謝します。ですが、その気持ちをお受けする事は出来ません。ごめんなさい」

「いえ、突然の事で驚かれたと思いますが、はっきりとそう言って下さって嬉しいです。ですが、ハルカ様、少し訂正を。自分はもう100を超える年齢なのですよ?」

「ひゃっ、100!?」


 まだ哀愁を帯びた表情で苦笑しながらも、ウィルさんから告げられた事実にハルカは変な声を出してしまった。


「エルフ族は100歳を迎えて、成人になります。大人の姿に成長すればそこから姿がそれほど変わる事なく、寿命を迎えます。ですから、誤解されやすいのも事実です」

「全然……、気付きませんでした」


 改めてウィルさんは他種族なのだと実感したが、ハルカは先程浮かんだ疑問もおずおずと尋ねた。


「あの……、私がこんな事を聞くのは失礼だと思いますが……。エルフ族としての寿命はまだまだ先のようなのに、人間族を好きになるのは、怖くないんですか?」


 すると、ウィルさんは意外にも嬉しそうな顔をして、返事をしてくれた。


「誰かを想う気持ちは止めようとしても、溢れ出てくるものです。たとえ共に過ごす時間が短くても、1つ1つの想い出が心の中に生き続ける限り、共に時を過ごしているのと変わりないと思っています。怖くないと言えば嘘になるかもしれませんが、自分の想いを無いものにするよりは、怖くはありません」

「そう、なんですね。ウィルさんの考えを教えてくれて、ありがとうございました……」


 こんなにはっきりと言い切れてしまうウィルさんが、なんだか眩しいな。

 私だったらきっと、取り残される自分の事しか見えなくなって、諦めてしまうかもしれない。


 ウィルさん個人の誰かを愛する気持ちを教えてもらい、ハルカは自分がカイルに対して抱えていた不安が、ちっぽけなものに感じた。


「少しは疑問に答えられましたか? ですがこれは、全ての種族に共通しているのではないですか?」

「えっ?」


 ウィルさんは柔らかい表情のまま、言葉を紡いだ。


「自分の想いを自分で消し去る事自体が、とても悲しい行為だと思います。ですからハルカ様も、自覚された想いをどうぞ大切に。そして、人の生は儚い。だからその想いを抱いたお相手と、しっかり向き合ってみて下さいね」

「……はい。私の事まで……、ありがとうございます」

「いえ。愛するハルカ様の幸せが、自分の幸せでもありますから。それに、1番最初に残酷な言葉を口にした、罪滅ぼしでもあります」


 ウィルさんにびっくりするほど甘い笑顔で始めの言葉を言い切られたあと、彼はそのまま申し訳なさそうに眉尻を下げて最後の言葉を呟いた。


「それはもう終わった事ですから、気にしないで下さい。それに、何か理由があるんですよね?」

「そう言って下さって、ありがとうございます。この話をハルカ様にするのは気が引けますが……、お聞きになりたいですか?」


 先程よりも更に困り顔になりながら、ウィルさんは不安そうにハルカに確認をしてきた。

 しかし、黒の魔法使いに関するものならば聞かねばならないと、ハルカは腹を括った。

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