第128話 頼る事とリクトのお仕事

 ハルカの精霊獣・マキアスが精霊界に帰った事により、走り寄るミアとエブリンの姿が見えた。


「こんなに無茶して! 私が治癒を!」

「服まで血だらけ! 白の魔法なら私達に任せて!」


 ハルカが返事をする前に、2人は胸の前で両手を組み魔法を使ってくれた。


「癒しを」

「浄化」


 瞬く間に傷はなくなり、血で汚れた服までもが綺麗になった。


「ミアもエブリンも、ありがとう」


 そうハルカがお礼を伝えた時、カイル達もすぐ側まで来ていた事に気付いた。

 そしてカイルは、自身の精霊獣を精霊界へ帰し終えたライオネルくんと視線を合わせた。


「ライオネル、ハルカを守ってくれてありがとう」

「僕、守れてた?」

「あぁ、しっかり守れていた」


 カイルは柔らかく微笑みながら、ライオネルくんに目線を合わせて褒めていた。

 そして、カイルはゆっくりと立ち上がると、どこか悲しげな瞳でこちらを見つめた。


「無茶しすぎだ」

「でも、大丈夫だったでしょ?」

「……あぁ、そうだな」

「カイルの、みんなの姿が見えたから、大丈夫だって思ってた」


 辛そうな顔のカイルにハルカは安心してほしくて、微笑んでみせた。


「俺はいったい、ハルカに何をしてやれるんだろうな……」

「えっ?」


 言葉の意味がわからなくて、ハルカは戸惑う事しかできなかった。

 すると、サンがいつもと違った真剣な表情で、静かに話し始めた。


「ハルカちゃんが消えて、連絡もつかなくて、見つけたと思ったら、あの姿だ。誰だってそう思うだろうよ……。いいか、俺達は仲間だ。今回、間に合わなかった俺達にも非はあるが、ちゃんと頼れ」


 サンはここまで言い切ると、視線をそらして更に言葉を紡いだ。


「もう……、誰かが傷付く姿を見るのは、あの戦争だけで十分なんだよ」

「あっ……」


 そうか。カイルもサンも、3年前の戦争で沢山の大切な人を失っている。だから、過剰に思えるぐらい私の事を心配してくれているんだ。

 よく考えれば、私もこの中の誰かが同じ事をしたら、きっと怒る。

 頼ってくれないもどかしさと、助けられないもどかしさに。


 ようやく、頼るという意味が理解できたハルカは、みんなを真っ直ぐ見つめた。


「無茶をして、ごめんなさい。それと、私をちゃんと仲間だと思ってくれて、ありがとう」

「……今更、そんな礼はいらねーぜ! あとな、ハルカちゃんは何を目的として冒険者になったんだ?」


 急にサンからそう問われ、ハルカは戸惑いながらも答えた。


「えっ? 私は……、私だけの魔法を見つける為に、冒険者になったんだ」

「そうか……。だからコルトに来たのか? で、魔法は見つかったか?」

「まだ……。でも手掛かりは掴んだよ。だから魔法を見つける為に、旅を続ける」

「なるほどな。あのな、俺はハルカちゃんと初めて会った時から運命ってやつを感じてたんだ。……だから、決めたぞ」


 サンはそう言うといつも通りの笑顔に戻り、続けてこう宣言した。


「俺も一緒に旅するぞ!」


 この言葉に、ハルカはただただ驚く事しか出来なかった。


 ***


 ——コルト拘束所こうそくじょ


 最低限のものしかない部屋の影からゆっくりと姿を現した仲間に、リクトの鼓動は少しだけ早まった。


 魔法の効力が消える前に帰ってきたはずなんっすけどねぇ……。


「ねぇ……、あなたはわたしに魔法まで掛けて、何をしていたのかしら?」

「魔法? おれ達、ずっと一緒だったっすよね? エミリアこそ、なんで陰とぜつまで使っておれの待機部屋にいたんっすか?」


 陰だけでも十分なのに、気配を完全に絶ってまで影としてこの部屋にいたなんて、エミリアのこういう所は尊敬だなぁ。

 それに……、黒同士だと耐性があるにしても前より効きにくくなってるとか、さすが努力家っすね。


「どうせ、異世界の少女に会いに行っていたのでしょう?」

「なーんだ。やっぱりバレてたんっすね」


 それに気付いても邪魔しなかったエミリアに感謝っすね。


「何か収穫はありましたか?」

「とりあえず、運命的な出逢いを果たせた、ってところっすね。それに、ハルカちゃんの手助けもしちゃったおれを、褒めて?」

「もう少し、わかりやすく」

「えーっと、まず女の子の憧れがわかんなかったんで、エミリアの愛読書を参考にしたんっす。そのお陰で『妖精族の王子様が人間族の王女様と出逢う瞬間』をばっちり決めてきたっすよ!」


 あ、やば。


「……いつ、その本の内容を読んだのか知りませんが、それについては後ほど聞かせていただきますので、今は置いておきましょう。で、手助けとは?」

「精選所から精霊使いの男の子を追いかけて、一緒に沈黙の森に入ろうとしたから止めたっす」

「まぁ……。入られて消えてしまったら、わたし達の計画に支障をきたしますからね。そこは、褒めておきましょう」


 そうそう、ここで退場されたら面白くない。


「わー、嬉しいなぁ。ま、ハルカちゃんも入れなかったんで、意味なかったっすけどね。そして男の子と無事再会、って感じっすね」

「そうですか。異世界の人間でも入れないのですね。なるほど。で、あなたのその特徴的な話し方はきちんと変えたのでしょうね?」


 あー、まずいっすね。

 非常にまずい。


「ハルカちゃんが緊張していたから、和まず為にぽろっと。でね、名前も伝えてきたっす」


 あんまりにも必死なハルカちゃんが可愛くて、名前を呼んでほしくなっちゃったのは内緒。


「あなた……、死にたいのですか?」

「鞭をね、構えるのは、やめて下さい」


 エミリア特注の武器は痛いからいや。


「……仕方ないですね。今回止めなかったわたしの責任でもあるので、大目に見ましょう。では、続きを」

「さっすがエミリア! それじゃ続きっす。ハルカちゃんは聞いていた以上に、優しくて、甘っちょろくて、簡単に人を信じる子だった」

「そうですか」

「だっておれが、今は存在していないはずの妖精族だって言ったら、目をキラキラさせて信じてた」


 あー、笑える。

 けど……、心配。

 ちゃんと生きててくれなきゃ。


「大した収穫ではありませんね。それにしても、あまり派手な行動をしてその痕跡を残したら『聖王様』に気付かれてしまいます。そうしたらわたし達は——」

「大丈夫っす。誰かに話したらおれが消えちゃうって言ったら、秘密にする、って約束してくれたから」

「そんな約束、よく信じましたね」

「ま、おれの世界で約束したんで、話そうとしたら記憶が消えるようにしてあるっすよ。それに彼女は本当に人畜無害。だからこそ、この世界には——有害だ」


 悪い奴だったら、やりやすかったのに。


「隊長に知られても、生かされた約束の民に知られても、わたし達は無事では済まない。それなのに行動した理由はなんですか?」

「本来は緑の騎士くんだけの役割だった。でもまさか、この世界の救世主に仕立てる事ができる本物の異世界の人間が現れるとは思わなかったっすよね? だから早くその姿を見たかった。それに、最期の時までに、この世界の楽しい思い出を沢山作ってあげたいっすからね」

「……本当に、あなたは歪んでいる」

「えっ、心外っす。エミリアにだけは言われたくないっすよ」


 バレたらバレたで、保護が早くなるだけ。だから本当はバレてもいい。

 まぁ、緑の騎士くんの記憶が解放されるまでは動けないっすけど。

 だからそれまでに、優しい最期の時を過ごさせてあげたい。だって、想像以上に純粋に人を信じるハルカちゃんは、本当におれだけのお姫様に見えたから。


「さぁ、人間族の国の特殊部隊として、大事な大事なお仕事の続きをしましょうかねー」

「あなたにとってはついでなんでしょうが、他国で起きた窃盗なのでわたし達が呼ばれたのですよ?」

「わかってるっすよ。えーっと、あの5人組は、この後どうするの?」

「あら? 先程手続きを終えたのに、無粋な事を聞くのですね。あの5人組は女装した冒険者に心を折られ、全てを話している確認が取れました。なのでこれからすぐに輸送です」

「もうハルカちゃんと離れ離れじゃないっすか!」


 手続きって面倒なんっすよねぇ。だからエミリアに任せて、最近は精選所で単独行動してる、って聞いてたハルカちゃんを見に行こう! と思ったおれの勘は正しかったっすね!


「それと、隊長が動きますので、今後、余計な事は一切しないで下さい」

「げぇー……。当分姿すら見れないっすね」


 それならもう少し、刺激的な思い出を残してあげたらよかったかも。


 うーん……、本当にこのやり方しかないのかな?


 おっと、この考えは知られたらまずいっすね。


『異世界の人間がもたらした歪みは、異世界の人間を使って正してもらう』


 これはもう、決定事項なんだ。

 だからそれまでは、今日みたいにハルカちゃんを1人にせず、緑の騎士くんがしっかり守り抜いてほしいものっすねぇ。


 もう話は終わりだと言わんばかりに部屋を後にしようとするエミリアに続いて、リクトもその背中を追いかけた。


 これから隊長が動き出す。まぁ、ここまでは大体予定通りっすね。

 近々ハルカちゃんは王都に来るとして、その時一緒にいるはずの隊長と鉢合わせしたら……、どうなるんだろ?


 それも面白いかもしれない、と考えるリクトの口元は自然と孤を描いていた。

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