第124話 知られてはいけない理由

 沈黙の森の中に入ってしまったライオネルくんに気付かれないように、ハルカとリクトは森のすぐ近くにあった木陰に魔法を使って身を潜めていた。

 姿が影と同化しているように見える魔法を掛けられているのだが、抱きしめられたままの姿勢は変わらない。なのでハルカは、戸惑いながらもリクトに疑問を投げかけていた。


「私の事も、ライオネルくんの事も、ずっと見ていたの?」

「あー、実はおれ、妖精族なんっす。だからハルカちゃんに触れると、最近体験している事が頭に浮かぶんっすよ」

「妖精? その羽は妖精の羽なんだ!」


 妖精という種族が存在している事に、ハルカは感動して小さな声を上げた。


「……ハルカちゃん、君1人じゃ危ないでしょ? いつも一緒の、緑の騎士くんはどーして呼ばなかったっすか?」

「えっ? カイルの事? ライオネルくんの事で頭がいっぱいで……。それにカイルは……、最近は別行動ばかりだから、あんまり頼るのも悪いかな? って……」


 妖精の事には触れず、リクトはカイルについて尋ねてきた。

 カイルの事までわかるなんて妖精という種族は凄い存在なんだなと思いつつ、今日の夜もミアと行動を共にするはずのカイルを思い浮かべて、ハルカの胸はまたちくりと痛んだ。


「肝心な時にいないなんてだめな騎士っすね。それに……、ハルカちゃんにそんな顔をさせるなんて、一緒にいるの失格っす。やっぱりこのまま連れ去りたいなぁ」

「えっ?」

「おれだけの世界に来たら、そんな顔、させないのに」


 リクトはあまり表情を変えずに話す人だと思っていた。けれど最後の言葉を言った瞬間だけ、底なしの闇のような黒い瞳に狂気が宿った気がした。


「何……、言ってるの?」

「ハルカちゃんが望むなら、本当はいつでも迎えに来てあげたい。だけど、今はまだ我慢っす。不甲斐ない王子でごめんね、おれだけのお姫様」


 そしてリクトは表情を変えずに、いきなりハルカの前髪にそっと口付けをしてきた。


「——っ!!」

「あれ? 照れてるの? 可愛いっすね。……あっ。楽しい時間はあっという間に過ぎるものっすねぇ。そろそろお別れの時間っす」


 不意打ちの口付けにハルカは頬が熱くなるのを感じていると、リクトは沈黙の森を見つめていた。

 ハルカも視線を追うと、森の中から姿を現したライオネルくんが、そのまま森の前に腰を下ろそうとしている最中だった。


「さぁ、ここから先はハルカちゃんの出番っすね。また逢えるのを楽しみにしてるっす」


 リクトはそう言うと、ハルカを抱きしめていた腕を緩めて離れた。


「最後にこれだけは覚えておいて。おれは妖精族なので、普段は人前に出てこないっす。でね、誰かにこの事を話したらおれは消えてしまう。だから絶対に2人だけの秘密してほしいんっすよ。特に緑の騎士くんには、話しちゃだめっすよ? 

「そうなの? それなのに姿を見せてくれたんだ……。わかった、絶対、秘密にする」

「あー、ハルカちゃんが純粋な子でよかった」


 そう言い終わると、更に小さな声で何かを呟き、リクトの姿は闇に包まれて消えてしまった。


「なんだかよくわからなかったけれど、私の事を助けてくれた妖精さんに感謝……なのかな?」


 不思議な事が起こり、ハルカの思考はついていけていなかった。

 だが、ライオネルくんと話せる機会の訪れに、ハルカは頭を切り替えた。



「ライオネルくん?」


 ハルカは先程驚かせてしまったので、優しく声をかけながらゆっくりと近づいた。


「……まいたと思ったのに、こんな所まで追いかけてきたの?」

「あのね、謝りたくて。私が怖い顔をして驚かせちゃったんだよね? びっくりさせてごめんなさい」


 膝を抱えたまま振り返ってきたライオネルくんに、ハルカは頭を下げた。


「えっ……。そんな事、言いに来たの?」

「うん」


 ライオネルくんの驚いた声が聞こえ、ハルカは顔を上げて頷いた。


「他にも、あるでしょ?」

「うん……。隣、座っていい?」

「……いいよ」


 そよ風と草の青い香りを感じながら、ハルカはライオネルくんの隣に座った。


「何が……、聞きたいの?」

「ライオネルくんは、精霊使い、だよね?」

「えっ? なんでそう思ったの?」


 とても驚いた顔をしたライオネルくんは、目を見開いてハルカを見つめてきた。


「初めてライオネルくんを見かけた日から思っていたんだけど、精霊獣と仲が良いだけじゃなくて、会話しているように私には見えていたの。あとね、この森に入ったのも……見たんだ。あっ! ウィルさんには言わないからね!」

「そこまで気付いていて、なんでウィルさんに言わないなんて言えるの?」

「ライオネルくんは、精霊使いである事を隠しているよね? 何か、理由があるんでしょ? だから勝手に話したりはしない」

「……そう。でも僕が精霊使いなのか……、わからないんだ」


 ハルカの言葉を信じてくれたのか、ライオネルくんは顔を伏せ、ぽつりと呟いた。


「どうして? 話しができるなら、精霊使いなんじゃ——」

「違う。僕の頭がおかしいのかもしれない」


 ハルカの言葉を遮るライオネルくんの声は、引きつっていた。


「どうして、そう思うの?」

「僕は…………、精霊獣の卵の声も聞けるし、話しもできるんだ」

「それが、何かおかしいの?」

「ウィルさんに、精霊獣の卵とも話しができるのか、聞いたんだ。そしたら『卵の声は喜怒哀楽の感情がわかるだけで、会話ができる人はいないよ』って言われたんだ」

「それは……、もしかしたらウィルさんが知らないだけで話せる人がいるかもしれないよ?」


 この言葉に、ライオネルくんの肩が揺れた。


「そんな事、ないんだ。だって…………」


 そして、目に見えるほど膝を抱える手に力を入れたライオネルくんは、振り絞るような声で言葉を紡いだ。


「この事をすごく仲の良かった友達に話したら、『お前、見た目と同じぐらい中身もおかしい奴だったんだな』って、言われたんだ……」

「そんな……!」


 子供は、時として残酷な言葉を投げつけてくる。

 そして、言葉通りに受け取る事しかできなかったライオネルくんの心には、その言葉が確かな傷として残ってしまったのだとハルカは感じ、言葉に詰まった。


「だから、僕は……、そんな、おかしな僕の事が、信じられない」


 途切れ途切れに聞こえた小さな声に、ハルカの身体は自然と動いていた。

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