第105話 私だけの魔法のヒント

 コルトに到着したのが昼過ぎで、占いの館で過ごした時間も長かったが、それでもまだ日は沈んでいなかった。

 だから、ハルカだけの魔法を考える時間は、たっぷりとあった。



「本当に、そう言ったのか?」

「そう。『出会った方、これから出会う方、その中から特に信じられると思う方々へ、どうぞご自身の秘密を打ち明けてほしいのです』って、言ってたよ」


 2人は椅子に座り、こじんまりとしたテーブルにハルカの日記を広げながら、顔を寄せ合って話し込んでいた。

 そしてハルカは、日記に書き残したプレセリス様の言葉をなぞりながら、そのままを伝えた。


「危険過ぎる。そんな事をしなくても、魔法を見つける方法は他にもあるはずだ」


 カイルは険しい顔をこちらに向け、そう言った。


 やっぱり、異世界の事を知らせるのは反対されると思ってた。

 でも、ここまでは想像できた。


 だから、ハルカは前もって考えいた事を伝えた。


「カイルはさ、私が異世界から来た事で、嫌な思いをした?」

「するわけないだろ」

「じゃあさ、異世界の人間のはるかと、この世界にいるハルカ、中身の違いはあると思う?」

「ない。魔法が使えるか使えないかの違いだけで、中身はどちらもハルカだ」


 やっぱり。

 こう言ってくれるってわかっていたけれど、嬉しい。

 だからこそ、この言葉を言える。


「カイルがそう言ってくれるように、そのままの私を受け入れてくれる人がいるって事は、心強い事なんだよ? それで魔法が見つかって、カイルとずっと一緒にいられるなら、私はその道を進みたい」

「俺だけじゃ、不安か?」

「そういう事じゃないよ。きっとね、この世界で生きていくって事は、私を信じてくれる人を信じて、嘘偽りなく生きていく事、なんだと思う」


 昔の私なら、浮いた存在にならないように、流されるように生きいく事を、苦しくも思いながら選択し続けていたはずだ。

 でも今の私は、自分の足で生きていく事を選んだ。

 信じる心が私の強さなら、私はどんな人でも信じたい。だから嘘で私自身を隠すより、本当の自分を見せて、信じてもらえるようになりたい。

 たとえ拒絶されたとしても、それが試練なら、私は乗り越えなくちゃいけない。


 全てを言葉にする事は出来なかったけれど、自分のこれからの生き方を話したハルカは、カイルを見つめながら返事を待った。


「そういう顔をしている時のハルカは、揺らがないよな。ハルカが決めたのなら、俺は何も言わない。けれど、危険だと思ったら、俺は俺の考えで動く。いいな?」

「ありがとう!」


 かなり無理に自分の意見を通してしまった気がしたが、カイルが譲歩してくれたので嬉しくなってしまった。


「喜ぶのはまだ早いぞ。信じる人間はしっかり見極めろよ? まぁ、サン辺りなら、言っても大丈夫そうだな。あいつはあんまり賢くないから」

「カイル……、褒めるならちゃんと褒めてあげなよ」

「これでも充分、褒めてる」


 サン、かぁ。元気かな?

 長期の仕事って言ってたから、いつ会えるかわからないけれど、会えたら話してみよう。


 少しだけ一緒の時間を過ごしただけだが、サンは人の内面をよく見てくれる気がした。だから、ハルカも納得の相手だった。


「早く会いたいね」

「依頼が何だったのか、聞いておけばよかったな。まぁ、キニオスで待っていたら、また会えるだろ。さて、あとはハルカが精神の魔法を使う事について、だな」

「これは私にもよくわからなくて……」


 サンの事を懐かしく思いながらも、話は本題へと戻った。


「『本人が気付かぬ傷を気付かせる』、だよな?」

「そう。なんだろうね? その瞬間だけ痛みが伴う、って言われたけれど、想像がつかなくて」

「それに『信じる心』、『守りたいと思う気持ち』、を合わせて考えると、何か浮かぶものはあるか?」


 それと心の中で願った、『誰かを幸せにできる魔法がいい』っていうのも、きっと手掛かりになる気がする。


 この事を願った時、不思議と生誕石が暖かくなった気がした事を、ハルカは思い出した。

 そして、カイルに言われた言葉も一緒に頭で中で繰り返してみたが、全く浮かばず、むしろモヤがかかったような気がした。


「だめだ……。なんだか遠のいた気がする。きっかけがないと、浮かばないんだろうね」

「そうか……。確かに、強く願った時に浮かぶからな。今は考えすぎない方がいいな」

「そっか。今日はここまで色々わかっただけでも、充分だもんね」


 こうして、魔法について考える事を一旦終わらせたハルカ達は、話し合った事を改めて書き残していた。

 この頃には、辺りは夜の帳が下り始めていた。


 ***


「はぁ〜。いい湯だなぁ」


 今日は頭を使いすぎて疲れたので、宿の中で夕食を済ませた後、深緑色のカケラを使ってハルカは鉱浴をしていた。


「ここのお風呂はどうなんだろう? と思ったら、木の内装だからか、旅館に来たみたい」


 昔、家族旅行で泊まった宿を思い出して、少しだけ心が揺れた。だが、その思い出のおかげか、新しい日常魔法を使う事ができた。


「水を出現させる魔法もできるようになったし、今日は本当に良い日だったな」


 この浴室を見た瞬間、ハルカは興奮しながらも、カイルに自分がお湯を出現するさせる事が出来るかもしれない、と提案していた。


「やっぱりこの世界は、イメージが強く反映される世界なんだなぁ。出来ると思えば出来ちゃう。これって、凄い事だよね。だからきっと、焦らなくてもその時になればどんな魔法か、わかるはず」


 そんな独り言を呟きながら、ハルカはいつも首から下げているシルバーチェーンの先にある漆黒の卵形の生誕石に目線を落とし、そっと握った。

 その時、ふとプレセリス様の言葉を思い出した。


『心が揺れる時、何かに触れた時、不思議に感じた出来事があるはず』


 なんでいきなり思い出したんだろう?


 そう思いながらも、ハルカは別の事も思い出した。


「そういえば……、なんで深緑色のカケラが還る瞬間が、頭の中に浮かんだんだろう?」


 あの時は自分の希望が想像として浮かんだのかと思ったけれど、どこか違うように思えた。



 今思い出しても、顔から火が出そう。

 後先考えなかった私は、この後すぐに小さな悲劇に見舞われた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る