第100話 カイルの願い……?

「魂を抜き取られるって……」


 プレセリス様がどうやって占いをしているのか尋ねていたはずなのに、命に関わる話へと変化した事で、ハルカは思わず身を固くした。


「あぁっ! 私とした事が……! あなた様を安心させるはずが、怖がらせてしまいましたね。申し訳ありません」


 そう言って、ユーゴさんは深々と頭を下げた。


「い、いえっ! あの、顔を上げて下さい!」


 ハルカは慌ててユーゴさんの謝罪を止めた。

 するとユーゴさんは顔を上げ、こちらを見ながら目を細めた。


「黒の方なのに、プレセリス様と似ていらっしゃいますね。あの方もとてもお優しくて……。そして同じ黒だからこそ、あなた様とお会いできるのを心待ちにしておりましたよ」

「私と?」


 それが通された理由なのかな?


 と、ハルカが思った時、カイルがソファから立ち上がった。


「占いは中止だ」

「えっ? でも、せっかく待たずに占ってもらえるのに……」

「危険過ぎる」


 確かにカイルの言う通り、本当に魂を抜き取られるなら危険だ。けれど今のユーゴさんの言葉に、それは思い違いなのかもしれないと思った。


「待って、カイル。もう少しだけ話を聞いてみようよ」

「時間の無駄だ。帰る——」


 カイルがそう言いかけた時、自分達が入ってきた扉とは別の扉がキィと、小さな音を立てて開いたようだった。

 音の方へ振り向くと、漆黒の黒髪を足元まで伸ばした、青白い肌の儚げな美女エルフが佇んでいた。

 彼女はゆっくりとユーゴさんを睨み付けた。そして、自身の床まで広がる黒のドレスの裾を音もなく引きずりながら彼の元まで歩き、突然、グーで殴った。


「ぐぅっ……!」


 ユーゴさんは横腹を押さえながらも、どこか幸せそうに見えたのは気のせいだと思いたい。


「ユーゴが粗相をしたようだな。すまぬ」

「プ、プレセリス様、言葉遣いが荒いものになっております……」


 まだダメージの残るユーゴさんは小さな声で呟いていた。

 側から見ると、『魔王に幽閉されているどこかの国の王女様』という絵面なのだけれど、立場はまるっきり逆のようだった。


「あなたのせいでしょうが。失礼しました。わたくしがプレセリスと申します。お2人の気分を害してしまった事を、お詫び申し上げます」


 取り繕ったような言い方がなんとも不自然で、少しだけ場の空気が緩んだ気がした。

 しかし、プレセリス様当人が出てきてしまっては引き返す事も出来ないだろうと、腹を括ったハルカを他所に、カイルが手を引いて立ち去ろうとした。


「詫びはいい。俺達は帰る」

「そうですか……。それではこちらの気が収まりませぬので、特別にタダで差し上げましょう」


 そして、プレセリス様はカイルに近づくと、顔を見つめていた。その時間はほんの僅かだったのだか、プレセリス様が視線をずらした瞬間、カイルが崩れ落ちた。


「カイル!? どうしたの!?」


 手を繋がれていたので、ハルカも自然と床にしゃがみ込んで声をかける。すると、カイルはプレセリス様を睨みつけ、言葉を吐き捨てた。


「お前……、何をした?」

「『視た』だけだ。そしてお前の願いは——叶う」


 プレセリス様は話し方を気にするのをやめたようで、そう言い放っていた。それに反応したカイルは掴んでいた手を離し立ち上がると、彼女に詰め寄った。


「どこまで視えた? それに願いが——」

「100万マルク」

「は?」

「ここから先は、有料でございます」


 可憐に微笑むプレセリス様は、両手を揃えておねだりするようにカイルにその手のひらを向けていた。


「馬鹿げてる! なんでそんな金額に……!」

「これはあなた様1人の願いではありませぬので、この金額でもお安いのですよ?」


 定期便が2人合わせて1万マルクだったよね? 凄い金額に間違いないんだろうけど……。

 それに『カイルの願いが叶う』って?


 答えの出ない考えに頭を悩ませながら立ち上がったハルカに、1つだけ事実が知らされた。


「それなら家を買った方がマシだ」

「あら、そうですか。それは残念です」


 家って……。


「100万マルクで家が……」


 思わずハルカは呟いてしまった。


「まぁ、もう少し出せばもっと立派な愛の巣を建てる事が出来ますので、ここはちゃんと、おねだりをしておいた方が得策ですよ?」


「あ、愛の巣!?」


 完全復活していたユーゴさんからもの凄い勘違いの提案をされ、ハルカは叫ぶように声を出していた。

 そんな空気を打ち消すように、プレセリス様はこちらへ近づいてくると、手を取って微笑んできた。


「さぁ、次はあなた様の番。ずっと、ずっと、お会いしたかったの。何でも答えるので、おっしゃって? ただし——」


 プレセリス様はその儚げな顔に似合わない、魔性の笑みを浮かべてこう続けた。


「2人きりでお話しするのが、条件」

「ふざけるな!!」


 ハルカがその言葉に応える前に、カイルが怒りを含むような声を張り上げた。

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