第85話 更なる前進

 カイルの魔法で空を飛びながら、どんどん遠のいていくキニオスの町を、ハルカはやりきれない思いで眺めていた。


『自分の事すら満足に責任を持てないくせに、カイルさんを振り回すな』

『今までカイルさんを放っておいたくせに、当たり前のように側にいてもらおうとするなっ!!』


 全て……、カーシャさんの言っている事が正しい。

 私は、カイルが当たり前のように側にいる事が前提で動いている。冒険者になると決めた癖に、1人では何もできない自分に歯痒さを感じる。

 でもだからこそ、努力しなきゃいけないってわかってる。

 当たり前の事を言われたからって、いじけている暇なんて、私にはない!


 カーシャさんの叱咤に負けじとやる気を心に刻んだハルカは、1つだけ気になる事があった。


『それに黒の魔法使いなんて——』


 あの言葉の先にはどんな真実が待っていたんだろう……。

 カイルやサンからも何となく濁されてきた、『黒の魔法使いの性質』。

 なんとなく……嫌な予感がする。


 そう思うハルカはカイルの首にしがみつく手に少しだけ力を入れてしまった。


「どうした? さっきの事で何か気になる事でもあったか?」


 先程から黙っていたカイルが飛ぶ速度を緩め、ハルカに話しかけてきた。


 気付かれないようにしようと思っていたけれど、きっと知らなければいけない事だ。


 そう決心したハルカは思い切ってカイルに尋ねた。


「心配させてごめん……。あのさ、黒の魔法使いって——」

「遅れてすみません。お待たせしました」


 ハルカが意を決して真実を確認しようとした時、アルーシャさんの声が耳に届いた。


「何してたんだ、アルーシャ?」

「傷ついた女性をそのまま放っておくのはいけない事だよ、カイル?」


 アルーシャさんは並んで飛びながらカイルをたしなめる。


 アルーシャさんはきっと、カーシャさんにもちゃんと寄り添って言葉をかけてきたんだろう、とハルカは思った。

 それなのにカイルの返答は冷たいものだった。


「向こうが先に手を出してきたんだろ? なんでそこまで気にかけなきゃいけないんだ」


 カイルは何の感情も込めずに話しているように思えた。そんなカイルにアルーシャさんは苦笑しながらも、助言を送っていた。


「いいですか? ハルカさんを守りたいのなら、今後の事も考えて動く事をすすめます。どんな人間も時として、思わぬ方向に転がる事があるからね」


 何かそう言った事に巻き込まれた事があるような真剣なアルーシャさんの言い方に、カイルはそこまで共感していないような返事を返していた。


「そうか。でもな、どんな時でも俺がハルカのそばに居て、ずっと守り続ける。だから問題ない」


 この言葉でハルカの心臓が跳ねた。


 な、なんでそんな事、平気な顔して言っちゃうのかな、この人は!?


 カイルが深い意味なんて考えていない事はわかっているのだが、言葉が言葉だけに驚きが隠せないハルカは無意識にしがみつく手に力を入れていた。


「ん? どうした……って顔が赤いぞ? 大丈夫か?」


 カイルは話しかけてくるだけではなく、ハルカの顔を至近距離から覗き込んできた。

 その行動にハルカは慌てふためいた。


「き、気のせいだから!!」


 まずいまずい!

 赤くなった顔なんて見られたくない!


 とにかく照れた顔を見られたくなくて、ハルカは手で顔を隠そうとした。

 しかし、手を離すと落ちてしまう為、とっさにカイルの胸元に顔を埋めてしまった。

 

「ハ、ハルカ? どうしたんだ? 具合でも悪いのか?」


 なんだかしどろもどろなカイルの声が聞こえたと思ったら、アルーシャさんの楽しそうな声が聞こえてきた。


「先程の発言は余計なお世話だったかもしれないね。まぁ……、一応頭の片隅にでも置いてくれると嬉しいな」


 そしてアルーシャさんは笑いながら、最後に不思議な一言を伝えてきた。


「ごちそうさまでした」


「「ごちそうさま?」」


 思わずハルカは顔を上げて声を出したが、カイルの声も揃う。

 するとアルーシャさんの無駄に爽やかな笑い声は、更に大きくなった。


 ***


 魔法の練習場所になっている草原へと降り立った後、今日の内容をハルカは2人から告げられた。


「先程カイルと話し合ったのですが、今日は最終日。魔法が見つかるかはわかりませんが、今までより少し厳しくいきます」


 アルーシャさんの言葉にカイルは頷くと、双剣を構えながら説明を加えた。


「今までハルカは1つの魔法しか使っていなかったが、今日は同時に魔法を使う事を覚えてもらう為に、。覚えた魔法を使いつつ、思いついたものがあったらどんどん使え」


 まさか2人同時に相手をするとは思わず、ハルカは驚きで固まっていた。そんなハルカにアルーシャさんの囁くような声が届いた。


「ハルカさん、言われっぱなしで……、悔しくはないですか?」


 そう問われて、ハルカはすぐに思う事があった。


 たとえ今の自分に非があったとしても……悔しくないわけ、ないっ!!


 アルーシャさんの言葉でハルカのやる気に再び火がついた。


「無理に、とは言いません。ですが、もし悔しい気持ちがあるのなら、それを魔法に乗せて下さい。きっと何かが見つかるはずです」


 そう言って、アルーシャさんも細身で先端の尖ったレイピアのような剣を引き抜いた。それを合図にカイルから最後の確認をされる。


「同時に相手をするのが無理だと思うなら正直に言え。でもやれると思うのなら——とことん、やってみろ」


 その言葉でハルカは自身の武器を準備して、決意を言葉にする。


「やる。私はもっと……強くなりたい!」


 ハルカのその言葉に2人は頷くと武器を構えた。


「それでは、始めましょう」


 そして、アルーシャさんの言葉を合図に、魔法探しという名の特訓が始まった。

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