第79話 心を決める

 アルーシャさんには事前に準備していた椅子に座ってもらいながら、はるかとカイルも席に着く。

 宿の部屋は広いのだが1人増えるとそれなりに狭く感じるもので、その圧迫感からはるかは更に緊張していた。


「まずはハルカさんにいろいろ質問させていただきますね」


 質問……気を付けなきゃ!


「はい! お願いします!」


 気を張っているはるかと目を合わせながらアルーシャさんは微笑むと、こう言った。


「では、甘い物はお好きですか?」

「へっ?」

「アルーシャ……」


 はるかの気の抜けた声とカイルの呆れたような声にアルーシャさんは特に動じず、腰の収納石から可愛らしい小包みを出し始めた。


「僕と妻が愛を込めて作ったお菓子です。昨日のお礼として、どうぞお受け取り下さい」


 この言葉ではるかの緊張は崩れ去った。



 せっかくなのでお茶の準備もして、みんなで談笑しながらの考察に移った。


「やっぱりアルーシャはアルーシャだよな」

「何の事だい? おっと! このお菓子達は君達に食べてもらう為に持ってきたものだから、僕も食べた事は妻には内緒だよ?」

「いや、この量は……奥さんわかっているだろ」


 カイルの言う通り、花柄や生き物の形をしている色とりどりのクッキーのようなお菓子はかなりの量があった。


「こんなに美味しいお菓子を作れるなんて奥様もアルーシャさんも凄いですね!」

「この素晴らしさをわかってくれるのですね! まず、僕ではなく妻が——」

「ハルカ、奥さんと食べ物を褒めたら話が進まなくなるから程々にな」


 アルーシャさんの話を遮ってカイルが会話に割り込んできた。


「カイル……つれないなぁ。まぁ、思う存分語る機会は今後に取っておこうかな」


 語るのは確定なんだな、と思ったはるかは小さな笑い声を漏らしていた。


「さて、緊張も解れたみたいですから質問を続けますね」


 こちらを見つめて微笑むアルーシャさんは本題を話し始めた。



「ハルカさん、生き物はお好きですか?」

「大好きです」

「猛獣も好きですか?」

「見ている分には……」

「もし、人を襲う猛獣が目の前にいて子供を襲おうとしていたら……ハルカさんならどうしますか?」


 先程からの質問に何の意味があるのだろうかと考えながら答えていたはるかは、この質問で言葉に詰まった。


 子供が襲われる。

 それなら助けなきゃいけない。

 でも……私じゃきっと勝てない。

 子供を連れて逃げるか、私が囮になるしか思いつかない。

 庇う事で子供を助ける事ができるなら、私は庇うかもしれない。


 それに私は……両親の最期に対して何もできなかった。

 だから私の目の前で誰かの命が犠牲になるのは、絶対に嫌だ。


 様々な考えが浮かんだ結果、はるかはこの結論に達した。


「私には倒せませんが、囮になっても……庇ってでも守ってみせます」


 どんな事があっても生き延びて幸せになる事が両親の願いであり、私の願いでもあるのは変わらない。

 だけれど、目の前の命が消えるのをただ見ているだけなのは絶対に違う。


 例えそれが自分の命を落とす事に繋がっても、私はきっと後悔しない。


 そんな想いを込めて伝えた言葉にアルーシャさんもカイルも納得したような表情を浮かべていた。


「やっぱりな」


 アルーシャさんではなく、カイルの口から先に言葉が漏れた。


「おや? カイルも気付いていたのかな?」

「俺も、今日気付いたばかりだ。相談する手間が省けた」


 2人はどうやら何か同じ考えが浮かんでいるようだった。

 そしてその考えをアルーシャさんが口に出す。


「ハルカさん、まずあなたは『戦わない』という事を決めてしまいましょう」


 冒険者になりたてのはるかにとってその言葉は……冒険者失格を意味しているように聞こえた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る