第76話 私だけの魔法……?

 朝を告げる柔らかな日差しがはるかの顔を照らす。


 その優しい光を感じると同時に、焼きたてのパンの香ばしい匂いがはるかの鼻腔を刺激した。


「ん……、もう朝?」


 目を擦りながらはるかがベッドから体を起こすと、すでに支度を整えたカイルが朝食の準備をしていた。


「おはよう。今日は起きられたみたいだな」

「おはよう……。朝ご飯の準備までしてくれたの?」

「俺が先に起きたからな。出来る人間がやればいいんだよ。ハルカは起きたばかりだが……食べられるか?」


 いつもながらにこの気遣いは凄い……。

 明日は絶対早起きしよう!


 そう決意しつつ、はるかは寝間着から普段の服へと変化させ、身支度を整えてからテーブルへと向かった。


「お待たせ! 準備もありがとう! 食べられるから一緒に食べよう」

「よし! それじゃ、食べるか」


 そして2人はゆっくりと朝食を楽しんだ。



「ハルカ、昨日聞きそびれていたんだが……フェザーラパンを捕まえた瞬間、何を考えていたんだ?」


 朝食を食べ終え、食後のお茶を飲んでいる時に真剣な眼差しのカイルからこの質問をされたはるかは動揺した。

 そして戸惑いながらも記憶を辿る。


「えっと……えーっと……」


 これは……怒られる。

 だけど言わないと……もっと怒られる。


 悩んだ挙句、はるかは正直に話す事にした。


「可愛い鳴き声だなって思って……」


 カイルは口を挟まずにじっとこちらを見つめながら続きを待っていた。


「ここにいなければ倒されなくて済んだんじゃないかな……って考えてしまいました……」


 段々と弱々しくなる声は特に気にしていなかったようで、カイルの表情は変わる事はなかった。

 だが、はるかの言葉を聞き終えて、何か納得したような表情を浮かべたカイルはぽつりと呟いた。


「なるほどな……。『ここにいなければ』か。それだけで安全な所に飛ばせるのか……」

「え……? 怒ってないの?」


 身構えていたはるかとしては少し拍子抜けした事態となった。


「もう過ぎた事だ。伝えたい事は昨日言った。今聞いた件はハルカの魔法の確認だ」

「私の魔法?」

「普通、転移の魔法は自分が知っている場所にしかできないんだ。知らない場所なんてイメージできないだろ?」

「確かにそうだね」


 カイルは少し悩んでいるようで、ゆっくりと続きを話し始めた。


「俺の考えとしては……知らない場所への転移の魔法はハルカだから使えるんだと思う」

「私だけ……? それじゃ転移の魔法が私だけの魔法なの?」


 カイルからの説明にどうにも納得できなくてはるかは首を傾げた。


「いや、ハルカのその様子を見ていると違うんだとは思うが……得意な魔法ではあるんだろうな」

「知らない場所への転移が得意って……すっごく便利じゃない? 何人でも転移できちゃうの?」


 好きな場所にどこにでも行けちゃうなんて便利すぎる。

 それならコルトの町も私の転移だけで行けたりしないのだろうか?


 そんな事を考えていたら、カイルからとても冷静な内容の答えが返ってきた。


「通常、転移の魔法は本人の移動だけの為に使用する事になっている。複数人で転移する場合、想像する場所が完璧に一致しないと変な場所に飛ばされるそうだ」

「完璧に一致……は無理かもね。便利な魔法だと思ったのに」


 少し残念だったが、使える魔法が増えた事は素直に嬉しい。

 

 しかし——現実は甘くはなかった。


「通常の転移の魔法は便利だ。使える奴もそこそこいる。ただし、知らない場所への転移は聞いた事がない。使える奴もいるのかもしれないが……俺は知らない」


 カイルからの説明にはるかの喜びは薄れていく。


「使える人がいない……?」


 少し動揺しながらも、はるかは小さな声で疑問を呟いた。


「想像できない場所になんて行けないだろ?」


 呟きに対してカイルからの返答は簡潔なもので、はるかはたじろぎながら考えた。


 それはそうだけど……そうするとやっぱり私だけの魔法になるんじゃ?

 

 そう考えてはるかは混乱した。


 そして動揺しているはるかにカイルが自分の考えている事の続きを話し始める。


「なんでそんな魔法を使えるのか……それはハルカが異世界からこの知らない世界へ転移してきた経験があるからだと俺は思っている」

「経験……」

「経験した事が魔法に影響を与える事はある。だから——」


 少し言葉を溜めていたカイルから無慈悲な一言が発せられた。


「使用禁止な」


「えぇーーー!!」


 もうどんな会話をしてもいいようにとずっとカイルが防音壁を張っていたお陰で、はるかの絶望の叫びは外に漏れる事はなかった。

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