第57話 命の大切さ

 気が付けば、はるかの目の前を胴体から切り離されたフェザーラパンの頭部が赤い花を咲かせながら落下していった。


 トンッ…………ドサッ


 そしてその頭部を探しているようにゆっくりと後を追って落ちる胴体。


 カイルが魔法で倒してくれた……?


 そんな事をぼんやりと考えていると、辺りには血溜まりが静かに広がり始めていた。


 血溜まりを眺めながらはるかは座ったままゆっくりと後ずさる。


 ふと前を見ると……カイルがこちらに向かって歩いてくる最中だった。


 あんなにいたフェザーラパン達がその生を終え、辺りには穏やかな静けさが戻ってきていた。

 だからなのか、その穏やかな辺りの様子とは似つかわしくない程の……静かな怒りの色をたたえた彼の瞳と言葉が酷く印象に残った。



「想定外の事ですまなかったと思う」


 その瞳の色とは裏腹に、彼はゆっくりとはるかに近付きながら穏やかに話し始めた。


「ハルカの生きていた世界にもラパンがいるなら大丈夫かと勝手に想像した。それに……もっとハルカの気持ちを確認すればよかったな」


 そしてその静かな怒りの色がはっきりと見て取れた時、言葉に冷たさが加わった。


「けれど……それでも俺は言わなきゃいけない事は言う」


 怒りを抑えるように、彼の声のトーンが低くなる。


「ハルカ……お前はこの世界に何をしにきたんだ?」


 普段のカイルから想像できない変化に一瞬、目の前の人物は誰なんだろうと考えてしまった。


 そして……はるかはうろたえた。


 どういった意味だか、理解が追いつかなかった。


 言い終わった後、はるかの目の前で静かにカイルが歩みを止めた。


 返事ができないはるかの耳に更に厳しい言葉が届く。


「理解できないか? それならもう少し、わかりやすく言おうか。いくら防御の魔法をかけているからといって命を無防備にするな」


 そして一呼吸おいてから、更に言葉を重ねた。



「お前はこの世界に……死にに来たのか?」



 その言葉は口に出したくなかったみたいで、彼の表情が苦いものに変わる。


「この世界は何も言わずに、誰かに自分の命を丸投げして生きていけるほど優しくはない」


 言葉が次々とはるかの心を刺した。


 息が詰まった。


 ゲームやアニメの世界とは違う、現実の世界での戦い。


 簡単に戦えると思っていた。

 なんとかなるんだろうなって勝手思って……それを周りが勝手に理解してくれると思ってた。


 頭の中で自分を責める言葉が増えていく。

 けれど……彼の問いに答える言葉は出てこない。


 そんなはるかの目の前にカイルが目線を合わせる為に片膝を立ててしゃがんだ。


「お前の両親は死に際に何を望んだ?」

「私が……生き延びて……幸せに生きる事を……願ってくれた」


 この問いにはたどたどしいが、すぐ答える事ができた。


 そうだ。

 私はこの世界で幸せに生きる。

 そう決めてここに来た。


「じゃあ、何がなんでも生きろ。どんな事をしても、何を利用しても構わない。生きて幸せになる為に考えろ」


 カイルは気が動転している私にちゃんと目的を思い出させてくれた。


 曖昧な気持ちじゃだめだ。

 私が幸せになるなら……私が私の人生に責任を持たなくちゃいけないんだ。


 はるかの表情が変わった事に気付いたのか、カイルからも同様に瞳から怒りの色が消えていた。


「少しは……言葉が伝わったか? あとな……俺、言ったよな? 俺がいれば大丈夫だって。無理なら無理と言え。戦うのが怖いなら助けてと叫べ」


 そう言ってカイルは不意に寂しげな表情をたたえながら言葉を続けた。


「お互い出来る事をやる。俺の言葉が足りないのも原因なんだろうが……もっと俺を頼ってくれ」


 カイルはそう告げると、まだ少し震えるはるかの手にそっと触れながらとても優しい声で語りかけてきた。


「怖い思いをさせてすまなかった。怪我はないか?」


 その言葉ではるかは全身が緊張状態だった事に気付く。

 そして安心して力が抜けていくのを感じながら……ごめんなさいと、精一杯の小さな返事を返したのだった。

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