第38話 話す事でわかる事

 鉱浴のお陰で前向きな気持ちになったはるかは、脱衣所で身支度を整えていた。


「わぁっ! とっても暖かい!」


 脱いだ衣類はここに置いておくといいよ、とルチルさんから言われ、その通りにしていたはるかは驚きの声を上げていた。

 浄化効果があると言っていたが、昨晩、カイルがかけてくれた浄化の魔法のように暖かかった。


 この宿の値段が高いのも納得のサービスだな、なんて事をはるかは考えていた。

 そしてもう1つ、不安が頭をよぎる。


「初めからこんな贅沢をしていたら普通の生活が出来なくなりそう……」


 あまりの居心地の良さに今後の生活がちょっと心配になったはるかは、心の声をそのまま呟いていた。


 そんな事を考えながらはるかは身支度を終え、浴室を後にする為にゆっくりと扉を開けた。

 するとはるかの目に飛び込んできたのは、窓から降り注ぐ柔らかな日差しを浴びながら、椅子に座ってくつろぐカイルの姿だった。


「おっ? ゆっくりできたみたいだな」


 はるかの顔を見て満足そうな表情のカイルは心なしか嬉しそうに見えた。


「待っててくれたの?」

「やる事が終わったから休憩してたんだ。それにしても表情が違うな」


 優しい光の中で柔らかく微笑むカイルに、はるかは少しどきりとする。


 整った顔立ちだからか、ちょっとした事でも妙にどきっとする時があるんだよね。

 でもカイルだしな……。


 どきどきしながらも、はるかは心の中で失礼な事を呟く。

 そんな事を考えながらも、その事は伏せて感想を伝えた。


「わかる? 鉱浴って私の世界のお風呂よりもよっぽど素敵だったよ! カイルも今日入ってみたら?」


 心が満たされていたのでつい、言ってしまった。


『服を脱ぐ事もしたくない』


 ルチルさんが言ってた言葉を今、思い出す。

 配慮のない言葉を投げかけた事を、はるかはすぐさま後悔した。


 ところがカイルの反応は意外なものだった。


「そんなに凄いのか? 今日、俺達の初仕事を終えたら入ってみるか」


 さらりと返ってきた返事にはるかは驚きを隠せなかった。


「えっ!? いいの?」


 つい、大きな声ではるかは聞いてしまう。


「何がだ?」


 はるかの返事に眉を寄せたカイルは、どういった事か知りたそうに尋ねてきた。


「えっと……浄化の方が好きなのかと思ってて……」


 少し言葉を濁しながらはるかは説明をした。


「浄化は習慣みたいなものだから好きとかそういうんじゃない。ハルカが楽しそうだから気になった、ただそれだけだ」

「そんなに私、楽しそう?」

「さっきも言ったが表情が違う。ルチルに任せてよかった」


 その返事ではるかの心がじんわりと温かくなる。


 昨日の事できっと心配してくれていたんだろうな。

 カイルはそういう事も言わないからわかりにくいけれど、聞けばちゃんと答えてくれる。


 それに……カイルの事を知ると、不思議と嬉しくなるのはなんでだろう?


 そう思いながらも、カイルの気が変わらないうちにとはるかは約束を取りつけた。


「じゃあまたルチルさんにお願いしに行こうか」

「受付で選べるって言ってたから後で一緒に選ぶか」

「私もいいの!?」


 あの贅沢を1日に2回も味わえるなんて!


 嬉しい驚きではるかの声が大きくなった。


「いいも何も……宿泊費に含まれているから気にしなくていいそうだ」

「うそっ!?」


 入り放題じゃない!


 欲にまみれたはるかがそう声をかけた。


「そこまで嬉しそうな顔をするぐらい凄いのか……。それならもっと早くから使ってみるべきだった」


 カイルがこちらを見つめながら、ちょっと悔しそうに呟いた。


「そっか、カイルは常連さんって言われてたもんね」


 そのカイルの様子が可愛らしくてはるかはクスッとしてしまう。


「今日から使うぞ。ルチルから遅めの朝食を運んだと聞いているから、早速これから出かけるか」


 カイルから不思議な事を伝えられ、はるかは首を傾げた。


「どこに?」


 出かける行き先なんて聞いていないのに、どこへ行くんだろうか?


 そう思って聞いた言葉に、カイルは呆れたように笑いながらもちゃんと返事をしてくれた。


「さっきも言っただろ?」


 そして続けて言われた言葉は簡潔な答えだった。


「俺達の初仕事だ」


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