第20話 祝杯
足早に注文へ向かったカイルを目で追っていたら、先程の失礼な呟きとは別の言葉をサンがぽつりと呟いた。
「やっぱりハルカちゃんは特別なんだな」
その言葉を不思議に思い、はるかはサンに目を向けて質問をした。
「特別? カイルは誰にでもあんな感じじゃないんですか?」
「優しいのは優しいんだけどな、ここまでじゃないっつーか……女の子に対してはもう少し距離があるというか……」
サンは困った顔で少しだけ言葉を濁して明言を避けているようだった。
「意外……。初めから優しくて紳士だったので、他の人にも一緒なんだと思っていました」
「紳士! あのカイルが紳士!」
いきなりそう叫んだサンは大笑いし始めた。
笑いすぎて涙を拭っている。
酔っているのかな?
あまりにも急に笑い出したのでそう思ったはるかはしばらくサンを観察していた。
しかし、しばらく経っても様子が変わらないので、本気で笑っているのだと気が付いた。
どう声をかけようか考えていたはるかにようやく気付いたようなサンは笑うのを堪えて、こう言った。
「もうずっと騙され続けてくれ。お兄ちゃんとの約束だ!」
「なんだかそれ、私まで笑われている気がするんですけど!?」
失礼な事を言われたのだけは伝わったはるかは抗議の声を上げた。
そしてまだ口元は緩んだままのサンは、はるかに優しく言葉を投げかけてきた。
「大丈夫だ。『気がする』んじゃなくてまとめて笑ってんだ」
「わざわざ言い直さないで下さい!」
若干の怒りを込めてはるかは再度抗議の声を上げた。
ひとしきり笑って気が済んだようで、ようやくサンが元に戻った……ように見える。
また笑い出しそうな気がするので、先程の話はしない事にしよう。
そんな事をはるかが決意した時、カイルが軽食と綺麗な色が彩る飲み物を手に持って戻ってきた。
「待たせたな。とりあえず空腹に酒なんて飲んだら大変な事になる。だから先に少し腹に入れられる物だけ持ってきた」
カイルはそう言ってナッツやドライフルーツ、数種類のチーズとカットしたフランスパンのようなパンをテーブルに並べ始めた。
「こんなに色々と嬉しい……。ありがとう、カイル!」
やっぱりこれって紳士だよね?
こっちの世界じゃ普通はしない事なのかな?
この世界の基準がわからなくてはるかは少しだけ悩んだが、すぐ頭を切り替えた。
今はわからない事を悩むよりも、この時をしっかり楽しみたい。
はるかがそう思った瞬間、サンの能天気な声が聞こえてきた。
「お兄ちゃんは嬉しいぞ。立派になったな、カイル!」
全てを台無しにするような言葉をカイルに言ったと思ったら、その背中をバシバシと叩きながらサンはまた笑い出した。
そして言われた当の本人のカイルは苦虫を噛み潰したような顔でこう言い捨てていた。
「お前みたいな兄を持った事は1度もない」
うわ……、すっごい怒ってる。
カイルの言葉から怒りを感じたはるかは傍観者に徹する事にした。
そんな事を言われているのにサンの笑いは止まらない。
ど、どうするんだろう、これ。
戸惑うはるかの前にいきなり先程の綺麗な色が彩る飲み物が置かれた。
「あいつは普段から酔っ払っているようなものだから気にしなくていい。気を取り直して乾杯しよう」
カイルは笑うサンを放置してはるかにそう提案してきた。
「これは?」
「果実水だ。雪解け水に果物やハーブを漬け込んである。今日は遠征していたアルーシャ達が土産を持ち込んでくれたお陰で、普段ここには入ってこない果物もあるから食べながら楽しんでくれ」
その説明を受けてはるかは改めて目の前の飲み物を眺めた。
緑の葉っぱと共に赤や黄色、オレンジなどの鮮やかな果物達が輪切りになってグラスの中を飾っていた。
「みんな美味しそうだね。凄く綺麗な飲み物だから、見た目からもう楽しめているよ!」
はるかがそう感想を伝えるとカイルは柔らかく微笑みながら、意地悪な提案をしてきた。
「それならよかった。さぁ、『俺達の』祝杯を上げよう」
カイルがそう言った瞬間——
「ちょっと待った! 俺を忘れないで!」
意図的に排除されているサンは、それでもめげずに会話に割り込んできた。
そんなサンの言葉なんて聞こえなかったかのようにカイルは乾杯、と言って持っていたグラスとはるかのグラスをカチリと音を響かせながら合わせていた。
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