235、どこか覚えのあるような
声は知らずと上ずっていた。
「ラ、ラライナルト様がどうしてここに」
「どうしてもなにも――」
「あ、ああやっぱりいいです! 言わないで、聞きたくありません!」
などと言ってみたものの、聞かないわけにはいかないだろう。説明されてわかったのは、どうやら私は寝すぎてしまったということ。少し目を閉じただけのつもりだったのに、ぐっっっすりと寝入ってしまったようなのだ。
「私の方は無事終わったのですが、戻っても貴女が戻っていない。話を聞けば休憩に席を外したまま戻っていないと言われた」
「ニーカさんなり寄越してくれたらよかったのに……」
「いますよ、後ろに」
恥ずかしさのあまりつい恨みがましくなってしまったら、ハサナインさんとジルケさんの近くにニーカさんの姿があった。私と目を合わせないよう周囲を警護しているけれど、いまならわかる。知らない振りをしてくれているけれど、見てはいけないものをみたからあえてこちらを見ないのだ。優しさが身にしみる……。
「他の者は先に戻らせた」
「で、どうしてライナルト様が……」
「サゥの酒は強かったでしょう。もしかしたらと思っていたが、案の定だ」
……予想されてた。
うん、あのお酒強かったもんね。
「もしもの場合、ハーゲン達に醜態を晒すわけにもいかないと思ったが……。それで、休めたようだがまだ酒は残っているだろうか」
よりによって大事な出先で眠りこけるなんて失態に頭がぐるぐる回っている。背中に回されたままの手をそっと除け立ち上がった。
……お? 強いだけじゃなくて意外と残るんだねこのお酒!?
「た、立てます! いけますよ、問題ありません」
「……歩いてもらえますか」
余計なことに気がつくなぁ!
でも大丈夫、さっきも上手く歩けたし、いまだってこの通り!
渾身のドヤ顔をみせつけたのだけど、なぜかライナルトの表情は浮かばない。
「ジルケ、手を貸して差し上げろ」
「かしこまりました」
信用がない。
少々不満だけど、寝入ってしまった手前反抗しても説得力がない。大人しくジルケさんに手を借りようとしたところで、ニーカさんが廊下の方角に向かって姿勢を正した。
「白髪の魔法使い殿は健在か?」
キエムだった。ライナルトと話していたときのような態度はすっかり潜んでいるが、なにをしにきたのだろう。
私の姿を認めると、うむ、と頷いた。
「疲れでも溜まっていたか、休めたのならなによりだ」
「ご心配をおかけしたようで……。わざわざ足を運ばせ申し訳ありません」
「構わん。まだ二人とも残っていると聞いたのでな、丁度良いと思い足を運んだ」
二人?
……となると、この場合私とライナルトになるのだろうか。単体ならともかく、合わせてだなんてどんな内容だろうか。
「そういえば貴公自ら彼女を名指ししたな。どういった用件で同席を望まれたのだろうか」
「同席に関してはどうでもよかったのだがな、その方が確実にエスタベルデに足を運ぶだろうと名を出した」
「……白髪、ですか?」
「おう、我らの伝承を知ってくれたようでなによりだ」
伝承というほど知ったわけではないけれど、白髪に対し変な信仰心があるのは理解した。
キエムは薄く笑うと、ライナルトにこう切りだしたのである。
「どうだ、この魔法使い殿を俺にもらえないだろうか。もしくれるのであれば、礼は十分にしよう」
なんとサゥ氏族へのお誘いである。でもなんで私じゃなくてライナルトに尋ねる?
と思っていたら、私にも声がかかった。
「白髪に対する執着は見てのとおりだ。サゥ氏族に来てくれるのならば、今後苦労はさせないと約束しよう。もし良縁を望むのであれば、私には優れた弟がいる。それを婿にやっても構わんし、妾でよければ私の妻として迎えよう」
「は、ぁ……?」
……転生前の物語で特別な髪色を信仰するお話は読んだことあるけれど、いざ目の当たりにすると、開いた口が塞がらないとはこのことだ。
そして実際こういった例を目の当たりにすると、なんともいえない感情が伴うと知ったのである。
キエムには頭を下げた。
「申し訳ありません。お断りします」
「そうか。サゥはこれからもっと輝かしく栄光を手にする。それを傍らで見てもらいたかったが……」
「お許しを。わたくしが未来を見届けたい方はすでにいらっしゃいます。その方を置いて他国に渡るなど考えられないのです」
「……振られてしまったか。ではライナルト殿はどうだ。説得してくれるのであれば、我らはいっそうよりよい関係が築けると思わんか」
「彼女の決断であれば、私が口を挟む余地はない」
……『箱』の件があるのだからライナルトからはもうちょっとこう、違う言葉が欲しかったのだけれど、これは他の人の所には行かないと、ある意味信頼されているのだろうか。
考えるまでもなく答えはひとつだった。
キエムは驚きもしないから断られるのも予測していたのだろうか。ごねることなく、肩をすくめた仕草が「諦めた」の印であった。
「お断りするのは心苦しいのですが、ご理解いただけて感謝いたします。ただ興味半分でお尋ねするのですが、よろしければお教えいただけませんか。どうしてサゥ氏族は白髪に拘りがあるのです。白い頭髪に拘りがあるのだとしたら、お年寄りだって白髪ではありませんか」
「ああ、それか。まぁそうさな、お前のいうことは尤だ。……ふむ。サゥでは当たり前の話だから、こうして説明するとなると面白いな。よかろう、話してやる」
ちら、とライナルトに視線を送った。私はキエムの話に興味があるから話を聞きたい。
忙しいのなら先に帰ってもらって構わないのだけど、ライナルトの興味も引けたみたいだ。それぞれ椅子に座り直すと、こんな話が聞けたのだった。
「確かに白髪であれば年寄りでも同じことだ。ヨーの、特に特定の部族で年寄りが大事にされるのは年長者だからという点を除いても、伝承にあやかった部分もある」
「全般的に大事にされているのですね」
「そう。だが若者で白髪が生まれることは滅多にない。これもありがたがられ、大事に育てられるが、特に呪……そちらで言うところの魔法使いの才があると格別だ。これはもう祭りをもって部族の長一族に迎えられる」
「信仰がない部族に白髪の子が生まれた場合はどうなるのでしょう」
「勤勉だな。……そういった場合は……そうさな、他の部族に友好の証、あるいは献上品として贈られる。だから信仰のない部族間に生まれた白髪の子は幸せだろう、なにせ物扱いされることがない」
想像以上にガチガチのガチである。キエムによれば、ヨー連合国でも山間出身の部族にこういった信仰が強いそうだ。
で、信仰だからもちろん元となった伝承が存在する。
「なんでも昔、まだあらゆる呪が世に満ちていた頃、互いの協力を知らずほそぼそと生きるだけだったヨー連合国……にもなっていない時代だ。集落を点々とする旅人が現れた」
その旅人は麗しい容姿をしており、艶やかな白髪だった。いまは薄れた神秘の子だという旅人は、摩訶不思議な術を自在に操ったという。自然と共存するヨーの人々に感銘をうけた旅人は行く先々で人々に知恵を分け与え、そして去っていった。
人々は旅人に集落に残ってもらえないか頼んだ。すると旅人はこう言ったという。
「私は死からもっとも遠い者。いずれ再びお前達の前に姿を現すだろう、そのときお前達が良き者であれば、再び良い関係を築けるだろうとな」
「……それは、なんというか」
「大体の人々にすれば恩人を忘れぬ為の言い伝えだったのだろうが、時の経つうちに信仰となったと考えるべきだろうな」
「キエム様は、淡々としていらっしゃいますね」
……白髪の魔法使いを欲しがったのに執着がない。これはいったいどういうことかと思ったら、本人自らがこう言った。
「あれば便利だろう?」
たしかに為政者の傍に伝承に添った人物が立つのは色々と役立つ。
……そういう意味で欲しがられたんだなー。
キエムにしてみれば伝承に近い人物が突如降ってきて、そして命を救ったのだ。これを逃さない手はない。
「男であればなおよかったが、女でも構わん。大事なのは白髪の魔法使いであること、それだけだ」
「……男?」
「件の旅人は男だったらしい。女と見紛うばかりの容姿だったそうだ。……どうした」
「……いいえ、なんでも」
いま、いま私が考えていること、ライナルトならわかるだろうか。
気難しげな顔をしていたライナルトと目が合ったのだけど、たぶん、思ったことは一緒である。
……なんっっというか、その、もしかしたら、白髪の旅人を私たちは知っているのではないだろうか。
いずれ確認しなくちゃならないかもな。
それよりキエムの話だ。ともあれこういう伝承が残っているから、自分たちで白髪の若者を仕立て上げる例は多いようだ。ただいちいち根元から脱色するのも手間がかかるし、薬剤も簡単に手に入らないから維持は難しいみたい。
「そういうわけだ。なに、我が友から女を奪おうとまでは思わんよ。だから安心してここを出るが良い。街の連中には脱色だとそれとなく流しておいてやる」
大口を開けて笑うし、発言が諸々引っかかるのだけど、それ以上に気になったのは……。
「貴公とは盟を結んだが、友となった覚えはないのだが」
「つれないことをいう。立場や国は違えど、互いに未来を賭けて命を賭すのだ。これが友と言わずとしてなんという」
……キエムって案外距離感がないらしい。ライナルトの肩を組んだのだけど、ライナルトは胡散臭そうな眼差しを隠さない。
「おお、そうだった親友殿。実はもう一つ頼みがあってな」
今度は親友にランクアップした。それともライナルトにとってはランクダウンだろうか。
「発言はともかく、頼みとはなんだろう」
「なんの、こちらの方が大事だぞ。なにせ私と貴殿が真に互いの背中を任せられるかが掛かっている」
朗らかに言ってのけるけれど、その発言はライナルトの目の色を変えさせた。
「ここでなければならない話だろうか」
「困るような話ではない。単に貴殿の腕前を知りたいだけだからな」
「……腕?」
ライナルトから離れたキエムは、にこやかな面差しを保ったまま腰元の剣を指さした。
「帝国はどうか知らぬが、サゥにとっては剣を知らぬ者が戦に立つことは許されん。ましてこの私と並ぼうという男が女に守られるだけとあっては周囲へ示しがつかぬ。……ああ、赤毛の護衛殿は悪く思うなよ。サゥにとって女は守られるより守るべき存在だ。これはあくまでも我らにとっての価値観だ。お前を貶めているわけではない」
「……決定を下した後にそういった話をするのは如何かと思うが?」
「同盟は断らんよ。ただ、貴殿が軟弱者ならばサゥの信頼は薄まる、それだけだ」
その「だけ」がどれほどの影響を及ぼすかはわからないが、と他人事のように呟くキエム。彼の要求は、端から見ていただけの私にもわかった。
つまり――決闘である。
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