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 チェルシーのことをあれこれ尋ねたれど、いっこうに予言めいた言葉以上は引き出せない。私とてのれんに腕押しなのはわかっている。けれど彼女が簡単に死んでしまうだなんて聞いてしまって、はいそうですか気をつけますと言ってすませるのは難しい。


「その予言を覆した人はいないの」

「僕の知る限りじゃいないね。というか誤解しているようだから教えてあげるけど、僕たちだって未来がわかるわけじゃない。ただこの世から縁がなくなること、それに気付いたから言葉にしただけだ。誰かを救いたいからじゃない」

「……じゃあ気付いたから、それだけで人に伝えるの?」

「そう。さっき人に来たる死を伝えないようになったって言ったろ。ここからは僕の考えだけど、本来は親しい人とのお別れの時間をあげたかったんじゃないかな」


 それきり予言やチェルシーへの感心への興味を失ってしまったようだった。こうなってしまうと私の声など一切届かない。最終的には肩をすくめ、焦る私が可笑しいとでもいいたげに笑ったのだ。

  

「まぁ、どうにかしたければ頑張ってみれば。多分あの子の行く末はどうにもならないだろうけどね。……いや、ほんとにこれ以上は聞かないでよ。私は僕の感じたことを伝えただけさ」


 こうなってはどうしようもなかった。

 ……これは帰ってから彼女の身の回りを固めるようにしなくてはならないだろう。ジェフになんて説明をするか、する必要があるのか。色々考えると頭が痛くなってきそうだ。

 まったく冗談じゃない予言だった。

 いますぐ踵を返したいところだけど、シスの話は終わらない。


「きみに城塞都市エルタベルデに向かって欲しいのはさ、僕の目になってほしいのが半分。もう半分はちょいとライナルトを見てきて……最悪の場合は守って、そんで仕事を引き上げさせてでも構わないから帰ってきてもらいたいんだ」

「……守る?」


 私がライナルトを?

 怪訝そうになる私に、シスは嫌なことを思い出したのだと頭を掻いた。


「あー……まあ順を追って話そうか。まずひとつめは僕本体の状況がよろしくないのをあいつに伝えて欲しいからだ。とっとと帰ってくるようせっついてほしい」

「……まだ猶予はあったはずだからライナルト様も城塞都市行きを了承したはずよね。どのくらいよくないの」

 

 チェルシーの話を大したことないというのは単にシスの優先順位の問題かと思っていたが、どうやら本当に理由があったようだった。人差し指で「来い」と指示されると、傍に耳を寄せた。


「ぶっちゃけ色々と厳しくなってきてる。この間話した見通し、あれより封印が早まる可能性が高くなった」

「な」

「叫ぶなよ、魔法が崩れる」


 慌てて口元を押さえた。周囲を見渡したが、誰もこちらに注目した様子はない。シスは半眼になって、ポケットに両手を突っ込むのだ。


「まったく、人間ってのは本当に嫌になる。連中もカールにせっつかれて励んでるんだろうけど、これも素になった彼女が良かったんだろうな。段々と私が私らしくあるための機能が削がれつつある。以前だったらエルタベルデに僕の影を跳ばすくらいは難なかったのに、いまじゃそれすらもできやしない」

「活動範囲が縮まってきてる?」

「カールの命令があればひとっ飛びだけど、もう僕個人の意思で行うことは無理だろうな。帝都とその周辺程度ならまだ好き勝手できる。嘘だってまだつき続けられるさ」

「……それっていつの間に機能が制限されたの。予兆とかはあった?」

「ないよ。わかってたら言ってる。……この間きみのところに魔法を教えに行っただろ」


 当然覚えている。頷いたが、返事は溜息で返されてしまった。


「私にしてみたら、ついさっきの出来事なんだよ。あの日に……いま思えばとても変な話なんだが、『疲れた』と思って目を閉じたらあっという間に今日だ」


 確認したところ、単に眠っていただけで記憶にない行動は起こしていないようだ。調べたところ『目の塔』にカールの息の掛かった魔法使いが入り、何か実験を行ったらしいとは判明した。子細はシスですらわからず終いだが、封印関係の行動であるのは理解している。

 これは思ったよりもかなり状況がよろしくない。本来肉体が存在しないシスが本気で疲労を感じるはずがないのである。正確に自身の状況を把握したところで、彼なりに考えをまとめて姿を見せたのである。

 シスは彼自身に気付かれないよう、封印の進行状況が深刻であることを知った。加えて、どうやら一部の人間がライナルトの暗殺を目論んでいるらしいとの噂を耳にしたのである。

 ただこう言ってはなんだが、ライナルトの暗殺計画くらいでシスは揺らがない。彼の傍にはニーカさんがいるし、命を狙われたことは一度や二度ではないと言った。こちらの心境は穏やかでないが、あえて私に話してきたのは理由があるのである。


「……落ち着いてるわね」

「慌てたところで状況は好転しないしな。で、色々考えた結果、きみをエルタベルデに向かわせるのが一番良いと判断した」

「前は封印に焦って荒れてたくせに」

「そこはそれ。私だって成長するのさ。なんというか、ここまできたら封印されるか逃げきるかの二択しかない。いい加減覚悟を決めなきゃならないさ」


 気のせい……ではないと感じるのだけど、ここのところのシスはやたらと人間臭い。非人間には変わりないし、当人もその意識が強く振る舞いも変わらないのだが、時折見せる表情が違うのである。


「モーリッツさんに話して伝令を送るだけじゃダメなのね?」

「忠告を送るくらいはできるだろうけど、魔法使いを動かせといったら難しいだろ。大体ライナルトは魔法使いが国に有用だから認めてるけど、神秘の類が嫌いだ。基本的に傍には置きたがらない」

「……わかってたけど、やっぱりそうなの?」

「もし死んだら死んだでそれが自分の実力不足だ、で受け入れるやつだよ。あいつの信念にケチをつける気はないし、システィーナの血が絶えるなら歓迎だが、今回だけはそれじゃ困る」


 ここで振り向きざま、ひょいと投げられたのは腕飾りだった。


「ちょっと、これって……」

「使ってないみたいだから失敬した」


 私の部屋にしまい込んでたはずの、ライナルトからもらった腕飾りだ。コンラート領でなくして以降、マルティナが取り返してきてくれた宝飾品。シスはこれに「魔法の加護」を与えたと言った。


「それ、ライナルトに渡してくれ。身につけなくてもいいからあいつに持たせろ」

「んな」

「それに嵌めてる石、秘密の場所で僕がとってきたんだ。特別な石だから僕と相性が良い。きみだけじゃ心許なくても、それがあれば命くらいは守れるけど、そっちはあくまでついでだ」


 石には他にも用途があると言った。ただその詳細は伝えたがらない。シスはあくまでも「もしもの場合」としか言わないのだ。命くらい守れるとは――私が自分に張っている防壁みたいなものだろうか。


「本当はこんなもの仕上げる気はなかったけど、もしもの場合の備えってヤツのひとつだ」

「重ねて聞くけど、こんなものが用意できてるなら本当に私が城塞都市に行く理由ある?」

「ある。それはあくまでモノ。生きた人間の判断が必要なときもあるし、きみには僕の目になってもらいたいんだ。きみが向こうに居てくれたら目を介して向こうの情勢が把握できて、モーリッツたちが楽になる」


 ヨー連合国との交渉の結果はモーリッツさんも気を揉んでいる。ライナルトの成果次第で味方に引き込める者もいるらしく、情勢を優勢に持っていくためには正確な情報が必要となる。情報の伝達には時間を要するから、リアルタイムで現状を知るのは何者にも勝るのだ。

 

「それに……これはこれからの話に関わるが、ライナルトの所に送るものには検閲が入る可能性が高い。こっそり送り出したとして無事に突破してくれたら助かるが、そうだとしてもエルタベルデ付近にさしかかったら検問が入る」

「……エルタベルデでも調べられるって、持ち込みすら厳しいの?」

「ヨーの方針だからカールはあんまり関係ないんだけどね。あそこはとにかくオルレンドルの魔法使いの侵入、魔具の持ち込みが許されない。持ち出すのはともかく持ち込みは絶対にダメだ」

「……魔法使いがダメなら私もだめじゃないかしら」

「だから跳べっていってる。私が教えるやり方なら城塞都市の内部に直接転移できるはずだから、そもそも検問を受けなくてすむ。あとはライナルトがきみの存在もうまく誤魔化すさ。検問がしっかりしてる分、内部はゆるいと聞いてるからね」


 こちらについてはいずれ後述しよう。とにかく普通の方法でライナルトへ合流するのは難しく、加えてエルタベルデへの侵入は制限されているといまは覚えておけば良い。


「モーリッツやリリー達は情勢の把握と総括に回ってるし、いま人を動かせといっても断られるだろう。だったら使えないと思われてる駒を使った方がいいだろ」

「……つまり軍力なんてゼロに等しい私が動けと」

「へっぽこだけど国に登録されてない希有な魔法使いだ。この言い方が不服なら切り札と思っておきなよ。ある意味間違っちゃいない」


 一言余計だが、ここからが『守る』の話になってくる。

 エルタベルデの話になったが、つまるところシスはライナルトを守り、そして早く戻ってきてもらいたいのだ。だがライナルトを呼び戻すには困難が付きまとうことを予感しており、さらには命の危機を感じている。


「私がエルタベルデに赴くことで、時差なくライナルト様の状況を把握できる。あなたからモーリッツさんに伝えることができたのなら、動きやすくなるものね」

「まだ慌てる必要はないけど、かといって放置はできない。間違いなく今後に関わってくるんでね」

「伝令兵代わりってことでしょ。それで、なんて伝えてきたらいいの。そこまで言うからには余程の話なのよね」


 そうでなくては、私みたいなへっぽこをシスが頼るものか。

 私が話に乗り出したためか、シスがへらりと笑った。


「実を言えばさぁ、きみを送り込むのはモーリッツに了解を得てるんだよね」

「なんでそういうことを本人の了承なしに決めるのかしら」

「だってこれを教えたら、きみは向かってくれるってわかってるからさ」

「……言っておくけど暗殺だけでも充分物騒よ」

「いやいや、こんなもん序の口だ。これを聞けば物騒なんて言葉が可愛らしく感じるさ」

 

 シスは自嘲を含んでひと笑いこぼしたが、続いた言葉にはまるで笑えなかった。

 彼のこの一言で、私は城塞都市エルタベルデに移動する覚悟を決めたのである。

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