213、ベルトランドの発起

 にこにこのリオさんが料理を追加で運んでくる。最近わかってきたのだけれど、リオさんは変わった料理にチャレンジすることと、美味しく食べてくれる人が大好きだ。だからたくさん食べるロビンも、そして事あるごとに食事をねだるシスのことも悪く思っていない。むしろ私が許すなら次も来てほしいと言っているから、食事の用意はまったく苦ではないのであった。


「おはようございます。うちのロビンが失礼しております」

「おはようございます、メイジーさんもよかったら如何ですか」

「先ほどヴェンデル様にお誘いいただき、相伴に預からせてもらいました。こちらのことは気にしないでください」


 ヴェンデルのいなくなったクロと遊ぶのは、ロビンの付添であるメイジーさん。以前クロを積んだ荷物が軍に回収されたとき折などで、彼の傍にいた女性である。華奢な人だが彼女はロビンの護衛兼相棒的な存在のようだ。

 ウェイトリーさんは客人をもてなす役目からヴェンデルの見送りを断ったのだろう。

 彼は体が資本の軍人なだけあって食べっぷりも気持ちがいい。食べ盛りの少年を超える大食いで、厚切りのベーコンが三口で食べられてしまう様は圧巻だ。大食いでもマナーは躾けられているため、不快感はまったくない。

 彼の食べっぷりをみていたら私もお腹が空いてきた。

 絞りたてのジュースもほどよく酸味があって食欲を刺激する。バターの香りが食欲をそそるパンの他、干しぶどうをたっぷり練り込んだ焼きたてのパン。……今朝は柔らかめのパンがメインだけど、もっと固くて食べ応えのあるパンを焼く日もある。

 手作りの苺ジャム。腸詰め肉やベーコンを焼いたものに目玉焼き。忘れてはいけないチーズ。温野菜にスープと基本を押さえた献立は豪華である。

 

「朝から来るなんて珍しい、非番なの?」

「おう、今日は休み。ごろごろしようと思ったら爺さまにコンラートに行ってこいってどやされてな。せっかくだから朝飯ももらいにきた」

「その割に制服なのはなんで」

「この方がみんな道を譲ってくれるんだ。帝都は親切な人間が多いから、この服を見れば一発だ」


 それは軍人であることを笠に着ているだけなのだが、流石にバーレの関係者なだけあって図太い神経をしている。

 

「それよりこのジャムうっっめえな。土産にくれねえ?」

「リオさん」

「少しでよろしければ準備します。しかし作り方は簡単ですから、あとで走り書きを用意しましょうか。そうすればロビン様のお宅でも作れるはずです。甘いのがお好きでしたら、これにたっぷりのバターを加えてください。また違ったコクがでて美味いですよ」

 

 最近一番減りが早いのは、贅沢にもたっぷりの牛乳と砂糖を煮詰めた練乳である。私はもちろんマリーやチェルシー達もお気に入り。先日ヴェンデルが作り置きの瓶を持ち出し、友達と一緒に大量消費したことで使用人さんに大目玉を食らった代物であった。


「爺さまと同じ変わり種の食事してると思ったら、案外普通なんだな」

「用意する人数が少なくて済むときはお願いしてるわよ。美味しいわよね、お米」

「もしかしてお前もあの腐った豆を好む類の人間か」


 私の分だけ、大体週一の間隔で和食をお願いしている。そのときは白米に味噌汁、漬物に卵焼きと大変満足いく素敵でご機嫌な朝食だ。もう少ししたらリオさん特製納豆が完成する予定だが、こちらは家人に大変不評であった。一度使用人さんに間違えられゴミ箱行きになりかけた事件もある。

 リオさんは和食も食べられる質なので、主に消費は私たち二人。これに時々訪ねてくるシスが混じるけど、私のおにぎりを食べつくしたので大喧嘩になったことがある。


「それで、イェルハルド様はなんて?」

「仕事の話は特になかったよ。ただいとこが元気かどうか見てこいって追い出された」

「あら、じゃあなんの理由もなしに?」


 いまはクロードさんの手腕もあって、香辛料事業を中心にバーレ家とも良好な仲だ。ファルクラムは元よりトゥーナ地方と縁ができたから、貿易関連の成果は上々。ファルクラムでライナルトにもらった土地では葡萄酒生産を開始しており、輸出先がバーレのおかげで決まりそうだった。うちは代わりにファルクラムの伝手を紹介したりと、とんとんの関係を築かせてもらっている。

 従って私とイェルハルド老の個人的な付き合い以外でバーレから報せが届くのも珍しくないのだが、あのご当主にしては、ただ私の様子を見てこいと言うのも珍しい。

 ロビンも祖父の意図は察していたのだろう。ジュースを一気に飲み干しこう言った。


「いんや、オレを派遣したんなら、たぶん内情を話していいってことだと思う」

「内情?」

「ベルトランドがやる気になった」


 はじめは意図が掴めなかった。

 時間はたっぷりあったのでパンを一口二口飲み込むまで余裕があったけど、その間にお気楽そうだったロビンの雰囲気は一変している。


「……まさか当主争いの話? ベルトランド様が一番やる気がないって言ってたじゃない」

「オレだけじゃなく周りもみんなそう思ってたよ。だけど最近になって「当主をやってもいい」って言い始めた。そのせいで家は大荒れだ。外からじゃまったくわからないだろうけどな」


 実はバーレ家、この一月の間に結構な変化があった。ベルトランド以外の跡目は二人。関係だけで言えば彼らはベルトランドの姉兄になるのだが、やる気のないベルトランドを置いて二人は――ロビン曰く、大変醜い争いを繰り広げていた。

 この結果としては長女グレイシーが勝利。長男は敗残兵と化し、北の地へ敗走した。イェルハルド老も長女の勝利を認めたし、誰もが新当主の誕生を予感した。

 ところがそこに、やる気がないと自ら宣言していたベルトランドが後継者争いに参加を表明。周囲は大騒ぎである。


「外じゃともかく、うちじゃベルトランドは完全にやる気がないって言われてたからなー。オレも爺さまも諦めてたところで、突然やる気を出した。ま、叔母さんは元々ベルトランドを信じてなかったし、ずっと敵視してたから、いまさら表明されても痛くも痒くもないんだろうけど」

「なんでまた突然そんなこと言いだしたのかしら」

「わっかんね。でも爺さまがオレを寄越したのはそこじゃない。ベルトランドの表明で、ヴィルヘルミナ皇女派が気が気じゃなくなるって話さ」

「……ああ、そっか」

「そう、そうなんだよ」


 彼の言いたいことを察して、私もしみじみと頷いた。


「後継争いに負けた方が皇帝陛下の支援を受けていたのだっけ」

「そそ、立場なくて北から帰ってきにくいだろうな。そんで叔母さんがヴィルヘルミナ皇女擁護派だ」


 ベルトランドだけが皇族の誰も支持すると宣言してない完全中立派。長女グレイシーがバーレ家の跡目を継ぐはずと安堵していた皇女派には、まさに激震が走っただろう。いまは支持先である長男を失った皇帝一派や、そして裏ではヴィルヘルミナ皇女派でさえも、なんとかしてベルトランドに接触を図ろうと試みているようだ。


「ベルトランドは治安維持があるからーって帝都外に繰り出したりして、にべもないけどな」

「状況はわかったけど……。長女のグレイシー様って皇女殿下を支持しているのでしょう? ほとんど孤立無援状態のベルトランド様をそこまで敵視するものなの」


 この質問にロビンはきょとんと目を丸めた。少々困った様子で頭を掻いた青年は、いや、と断ったのである。

 

「……軍の内情って余程関わってないとわかりにくいもんな。外に秘密って漏れないし、漏らしたくないだろうし」

「ロビン、かねてより交流があったのに、説明していなかったあなたの責任では?」


 メイジーさんの言葉に、ロビンは「そうだな」と反省した様子だった。

  

「確かに数じゃ不足してるな。叔母さんが呼びかけりゃベルトランド隊の倍の人数は集められるけど」

「けど?」

「けど、それでも戦となればベルトランドが勝つ」


 確固たる自信があっての一言だった。驚く私に、ロビンではなくメイジーさんが教えてくれる。


「両名確かに私兵を有しております。規模で言えば皇女殿下の支援を受けているグレイシー様の方が集められるでしょうが、それは他の領主の兵であったり、個人の能力は高くとも……こう申し上げてはなんですが統率をとるのは難しいでしょう」

「統率の問題だとおっしゃる?」

「いえ、いくら統率が取れていても数に負ける場合もございます。その点ではグレイシー様が断然有利でしょう。ベルトランド様の場合は、保有している傭兵団……いえ、軍にそもそも色々ありまして」

「ベルトランドがおかしいんだよ。カレンも知ってるだろ、十隊」

「あ、そうね。もちろん……」

「十隊のほとんどがベルトランドの私兵だと思ってくれていい。いざとなったら帝国にじゃなくてベルトランドに従うって言ったらわかるか?」

「……いいの?」

「いいのもなにも、実情だよ」


 ……それは、かなり問題だ。なにせ帝国に尽くすべき軍人が別の人間のために働いている。ロビンはこれをバーレの権力とベルトランドの働きの結果、と簡潔に述べた。


「昔色々あって、ベルトランドの傭兵団が丸ごと帝国に組み込まれたんだよ。そのときは傭兵団の人数も大分少なかったし、帝国としては吸収してものにできるって腹づもりだったんだ。だけど傭兵団にとっちゃ帝国よりもベルトランドの方が魅力的だったんだな」


 ロビンが理解を示した様子で頷いていた。彼はベルトランドを慕っているから、彼らの気持ちがわかるようである。そんな青年を尻目に、こちらはいくらか冷静なメイジーさんが続ける。

 

「帝国の皆さまが間違いに気付いたときには、ベルトランド様は帝国に必要な人物になっていました。皇帝陛下にも一目置かれるようになっていましたし、帝国内でも地位を確立されていたのです」

「……バーレの跡継ぎ候補だし、懐柔したいから追い出すのも微妙、と?」

「私に皇帝陛下のお考えはわかりかねます。ですが、そういう意図もあったかもしれませんね」

「そうおっしゃるメイジーさんは他人事のようにおっしゃりますが、もしかして正規の軍人ではない?」

「父母がベルトランド隊所属でした。私も適当に傭兵になるよりはと、同じように」


 権力に興味はないと孤立を気取りながら、ベルトランドはいざという時、自身が生き残るためにきっちり働いた。正規軍になった暁には、それまで培った経験を元に部下を他部隊に送り込んだりと横の繋がりを構築したらしい。おかげで現在のベルトランドの実際の味方の数は未知数だ。

 余談だが十隊は正規軍でありながら、隊長のベルトランドを始め傭兵呼ばわりされる場合があるようだ。一般人は知らないが、野盗退治といった外回りを任されるのは、彼の出自が気に入らない者によって押しつけられた役回りのようである。


「つまりな、叔母さんにとっちゃベルトランドはいつ寝首を掻かれるかわかんねー相手だってことだ」


 やはり……。やはり名家の貴族は信用してはならない。

 裏で多数の工作を働いていたのだ。いつか聞いたイェルハルド老とベルトランドの会話は、たったいまほぼ信用ならないものと化した。

 それにしてもベルトランドが発起した理由はなんだろう。聞くだけでは皇帝カールやヴィルヘルミナ皇女に与するつもりはないみたいだけど……。


「なあ、ところで玄関に積まれてた箱の山ってなんだ」

「返却する予定のものなの、気にしないで」

「いかにもくそ高ぇ絹の塊があったけど、それも?」

「高いけどいらないものなの。次来るときには片付いてるから」


 ロビンが言っているのは、事あるごとに寄贈される品々だろう。いらないと言ってるのに使いの人が玄関先に置いていくのだ。


「あの家紋なんだっけか……」


 考え込むロビン。余計な事は思い出さなくていいのに、よりによって彼はすぐ正解に行き当たってしまった。


「あ、リューベック家か。……あー、そっかそっか、結婚申し入れられたんだっけ。あのすかした野郎、顔だけはいいもんだから女共がうるさいのなんの」

「ロビン」


 メイジーさん、もっと強く止めてくださいませんか。

 しかし相棒の制止にも気付かないロビンは、あっけらかんと言い放った。


「結婚すんの?」

「しない!」


 怒鳴り反論してしまったが、断じて私は悪くない。

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