167話 一石二鳥どころか三鳥

 どちらも派手な人達だった。


「トゥーナ公に、エリーザさん……?」


 鳥の羽をふんだんに使用した衣装の派手さもさることながら、居るだけで存在感を放つ華々しさと色香。毒花なのは明らかなのに、つい引き寄せられてしまいそうな艶やかな大輪の花の傍に、ちょこんと立つ可愛らしい清楚な花の組み合わせはなんとも奇怪だ。


「まあ、いやですわ。あの時のようにどうぞエリーザとお呼びくださいませ! むしろ夫人には名前で呼んでいただきたいです」


 人懐っこい子犬が尻尾を振っているようであった。トゥーナ公はそんなエリーザに愛いものを見る視線を送りながら言った。


「貴女方、つもる話もあるのだろうけれど、あとになさいな」

「あっ、失礼しましたリリー様。私ったら夫人にお会いできたのが嬉しくて……!」

「そういうところが可愛らしいのだけれどね」


 この二人をいつまでも玄関に置いておくわけにはいかない。室内に案内すると、エリーザが「わあ」と歓喜の声を上げていた。


「素敵なおうちですね。リリー様のお家もですけれど、どこもきらきらした内装が多いから、うちを思い出すみたいで懐かしいです」

「秘密の隠れ家みたいでどきどきするわねぇ。こんなところで逢い引きしたらとても燃えるのだけど」


 それは、我が家が地味だと言いたいので……? 

 エリーザの場合は本心から言ってるのだろうけど、トゥーナ公の意図は読みにくい。

 二人を案内すると、間を置かずしてウェイトリーさんが現れ、客人に向けてお茶の用意をしはじめた。なぜウェイトリーさんかといえば、こればかりは本人が譲らなかったためである。これは家で休養を言い渡してはいるが「休む代わりにお客様の歓待は譲らない」と条件を提示されたためだ。仕事量は随分減ったし、咳も出ていないから今日は調子がいいのだろう。場に溶け込むような所作と流れるような手つきは熟練の仕事である。

 ……実際のところは、ウェイトリー以上の手練を未だ見つけられていないのもあるんだけどね。

 これもそのうちどうにかしなきゃなぁ。ゾフィーさんって手先は器用だろうか。マルティナは事務仕事は得意なのだが、あれでお茶を淹れるには不得手なのである。一度ウェイトリーさんに教わっていたが、即座に諦められていた。


「人には向き不向きがございますからね。わたくしの不在時は、お客様にはカレン様が手ずからご用意されるとよろしいでしょう。なに、お客様には口先で誤魔化してしまえばよろしい」


 なお、彼女の名誉のために述べておくと、彼女の淹れたお茶は決してまずくない。そして文官にお茶を淹れる才能は求められていない。

 こちらは単にウェイトリーさんのこだわりである。

 ただマルティナの場合、根がまっすぐなのか動揺すると感情が表に出やすいのだ。例えば重要な会談の場で彼女が動揺を示せば、それだけで不利になる場合があるとウェイトリーさんは述べたが、マルティナが悪いわけではないとも強調した。こればかりは経験を重ねていくのが重要だと語ったのである。

 さて、ウェイトリーさんのお話はともかくとして、お茶請けに用意したのは乾燥果物…所謂ドライフルーツと甘さ控えめの焼き菓子だった。これが殊の外トゥーナ公にうけた。


「最近は流行だからとどこにいってもチョコレートばかり出されるのよ。甘い物は嫌いではないけれど、ああも連続で出されると飽きてしまうわ。それに比べると果物はいいわ、お茶の味を殺さない程度の方があたくし好きなのよ」

「トゥーナ公、お菓子をたくさん献上されてますものね!」

「見目が良いばかりの殿方に飽きるのと同じ事よ。大衆的向けの素朴さがあるからこそ精巧さが活きるというのに、どなたも高級品ばかり求められるの」


 公爵ほどになるとチョコレートもすでに流行終わったあとなのだろう。市井ではあの砂糖菓子を求めてちょっとした騒ぎにもなっているのだが、このあたりが上流階級である。

 ウェイトリーさんの淹れたお茶に一口……二口と口を付けたのを見ると、味の方はお気に召してくれたのだろう。


「そういえばコンラート夫人、早くもチョコレートの原料をファルクラムに流しているのですってね」

「お聞き及びでしたか」

「こちらにいると色々噂が入ってくるのよ。貴女と同じように動き始めた人は多かったけれど、様子見に尻込みしてるのも多かった。先見性がおありだと感心していたのよ」

「流行るかどうかは賭けのような部分もございました。優秀な補佐がいてくれたおかげです」

「甘い物好きな多いファルクラムでもあの菓子は流行っていくでしょうし、まだまだ需要は続くわ。良い配下に恵まれたのね」


 ……準備自体はエルからチョコレートを食べさせてもらった後にはじめていた。実際は流行るのなんて目に見えてたから、ほとんど強引に説得したのである。そして、原材料の仕入れ先も密かに教えてくれたのはエルであった。


「……お褒めいだだき光栄です。それにしても、公爵がこのような小さな家にわざわざ起こしになるのは意外でした。本日は一体、どういった御用向きで……?」

「いやだわ。悪い魔法使いを退治なさった時の人に会いたいと思うのは、帝都市民としてあたりまえじゃないの」


 などと笑ってみせたが、それもわずかな間だった。


「貴女が平然となさっているようだったらすぐに帰らせてもらおうと思っていたけど、そうでもないみたいだし」

「トゥーナ公?」

「あたくし、あのどうしようもなく高慢で自信家の、可愛らしい魔法使いが好きだったのよ」


 エルのことだ。


「帝都なんかに留まるくらいならあたくしが面倒見てあげたのに、あの娘も馬鹿な選択をしたわ。……そうそう、あたくしこれでも耳は広いの。だから真実とやらの噂も聞いてはいるけれど、そちらに関与する気はないわ」

「……世に出回る噂を修正する気はありませんので、クワイックについてはなにも語る気はございません。トゥーナ公がそうおっしゃるのであれば、それが真実でございます」

「ならよかったわ。ただでさえいまは皇太子殿下と皇女殿下の件で騒がしい時期だもの。臆病風に吹かれた陛下にいつまでも構っているわけにはいかないわ」

 

 トゥーナ公の用件はまさか世を騒がしくするなという釘刺しだろうか。それにしても、皇帝を「臆病風に吹かれた」なんて評するとは思わなかった。

 溜息を吐く美女に、お茶を飲み干したエリーザが唇を尖らせる。


「リリー様、夫人だってお辛いのにそのおっしゃりようはあんまりです」

「お許しになって、エリーザ。あたくし心根が素直だから、貴女のように気を使えないのよ」

「私たちのご領主の苦労は領民として痛いほど理解していますけれど、コンラート夫人はトゥーナ公が想像するような意地悪な人じゃありません。御髪だって……」


 ここではっとしたように口を噤んだ。なるほど、トゥーナ公はともかくエリーザは意図して髪についてなにも触れなかったのだろう。どういうわけかトゥーナ公の傍にいるのだ、エルと私の関係性を聞いている可能性は高い。気まずい空気が流れかけたところで、トゥーナ公が口を開いた。


「本題だけれど、あたくしの用件は殿下が来てからが本番なのよね。けれどその殿下が捜し物があるだとかで、遅れてくるそうなの。あまり遅くはならないといっていたけどどうかしら。ついでにこの子を連れてきたのだけど……」

「はい。……あの、コンラート夫人。一人こちらにお招きしたい人がいるのですが、呼んでもよろしいでしょうか」

「それはもちろん構いませんけれど」

「よかった。少々お待ちくださいませ」


 ぱっと表情を輝かせたエリーザ。小走りで出ていった少女が連れてきたのは、二十代半ば……と思われる青年である。

 断言しにくかったのは、頭頂部がやや……いや、かなり後退していたためだ。人の良さそうな顔立ちだが、なかなか横幅が広く、そして身長もエリーザよりちょっと上くらいだ。つまるところ身長が低いのだが、目元や肌の艶で二十代くらいだと判断した。その青年を、エリーザはわずかに鼻の穴を膨らませて紹介したのである。


「ご紹介いたします。私の幼馴染みで婚約者のジーモンです!」


 椅子からひっくり返るかと思った。

 ……え? 婚約者?

 エリーザって十代半ばの少女で、二十代の男性と婚約……というのは、いやうんそれはわかるけれど、見た目のギャップが……。目の前の青年は装いこそちゃんとしているが、エリーザのような貴族の青年には見えなかった。

 その青年は、困ったように微笑みながら礼の形を取る。


「はじめまして、コンラート夫人。エリーザから紹介預かりましたジーモンと申します。この度はエリーザをお救いいただき、エリーザの両親共々深く感謝しております」

「両親もコンラート夫人にはお礼をいいたいと聞かなかったんですけど、皆で押しかけるのも悪いだろうって、代表でジーモンに来てもらったんです」


 礼儀正しい青年だった。横に並ぶエリーザはにこにこと幸せそうで、大好きな人を見つめる笑みを浮かべていた。


「ジーモンはあたくしが懇意にしてる商人の会計士でね。貴族ではないけれど、とても優秀よ。それでもちょっと意外な組み合わせよね?」

「……よく言われます。エリーザの両親が気さくな方々で、彼女とは幼い頃から家族ぐるみのお付き合いをさせてもらっていました。小さい頃から面倒を見ていたので、兄のような心地でいたのですが……」

「だってジーモンは格好良いですから、早く婚約してもらわないと他の人にとられちゃいます!」

「愛されてるわね」


 苦笑しつつも照れるジーモン青年。……もしかしてエリーザの方がベタ惚れでジーモン青年と婚約を取り付けた形なのだろうか。


「あたくしがしばらくこちらに滞在する関係で、ジーモンもこちらに来ていたのよね」

 

 エリーザの家はこちらで本格的に商売するべく帝都に居を構えるべく引っ越していたらしいが、なんとこちらに来た途端にエリーザが皇帝に目を付けられた。ジーモン青年も婚約者を誇り笑顔で送り出した。上司に胸を張りつつ自慢をしていたら、件の商人は喜ぶどころか眉を顰めたらしい。なぜならこの商人はトゥーナ公と付き合いが深い。当然帝都や皇帝に纏わる噂も耳に入れており、慌ててトゥーナ公に相談に走ったのである。


「無視するわけにもいかない用件だから、どうしようかと思っていたら殿下から要請がきたの。もちろん殿下のためでもあるもの、喜んで保護させていただいたわ」

 

 エリーザはすでにトゥーナ地方から出ていった領民である。そのためトゥーナ公が働く理由は少ないが、おそらく懇意にしている商人がよほど縁が深かったのだろう。

 トゥーナ公にとっては労なくライナルトと商人に恩が売れて万々歳だろう。


「エリーザさんがトゥーナ公に保護してもらえたのならなによりでした。あれからお変わりはありませんか」

「はい、いまはなにかあるといけないからとリリー様の身の回りのお世話をさせてもらってます。両親は……こちらに移ったばかりでしたけど、リリー様の勧めもあってトゥーナに戻る準備をしているところです」

「エリーザの両親は腕の良い彫金師を抱える家よ。夫人も今度なにか依頼するといいわ、期待以上の品物ができるでしょう」


 ……修正しよう。更に腕の良い職人持ちの家を再び自領地に抱え込んだのであった。


「皇帝陛下にお目をかけていただくのはこの上ない栄誉なのでしょう。けれど私たちにとってはエリーザは大事な家族ですから、不謹慎ですが心底ほっとしています」

「陛下の気紛れは栄誉というより災害ですよ。それもかなり、質の悪い方のね」


 公爵相手故に言葉を返せないジーモンさんだが、否定は出来ないようだ。そしてやはりトゥーナ公は皇帝に対して棘がある。

 そういえばエリーザ以外の面々だが、トゥーナ公が教えてくれた情報と合わさって半数以上の行方が判明した。

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