157話 助手の正体

 見送りを経て馬車に揺られていると、そこでようやく思いだしたことがある。


「ジェフ、チェルシーは大丈夫だった?」


 気を配る余裕が失せていたからか、チェルシーを失念していた。彼女はいまでこそ家人になれてくれたが、男性を極度に怖がる傾向がある。見知らぬ男性であれば尚更で、家に押し寄せてきた騎士に怯えなかっただろうかと思い至ったのだ。

 それに子供返りしているチェルシーを彼らが下手に目を付けなかっただろうか。

 私の心配に、ジェフは家宅捜査について教えてくれた。


「地下にも手が入ったようですが、咄嗟にエミール様があの子を庇って事なきを得たようです。めぼしい物も置いていませんでしたし、エル様のお部屋が二階にあったのも幸いしました」


 第一隊が捜査に入った際、家人含め使用人さん達も仕事中だった。

 執政館より帰宅したウェイトリーさんが一隊をせき止めようとし、他の大人が呆気にとられる最中、真っ先に動いたのがエミールとヴェンデルだったようである。ヴェンデルが不調で寝込んでいたベン老人を、エミールがチェルシーを助けに動いたらしい。二人が動いたのをきっかけに他の人々も動き始めたようだが、じっくりと話を聞くうちに私の顔は奇妙に歪んでいった。ライナルトも変化はないが、心境は同じではないだろうか。

 なにせ皆、驚きと混乱はあったもののさほどショックは受けていなかったのである。


「息子の形見はしっかり身につけてたし、持ってきたのも嫁入り道具のボロい包丁だったからねえ。あ、そっちは見向きもされなかったよ」は使用人さんその一の台詞だが、もうお一人もダメージは受けていない様子。

「あいつら乱暴なだけで捜索なんてしたことないんじゃないですか。全然なっちゃいませんよ。それより皆さんと鍋が無事でよかったです」前歴が気になってきたのは元旅人の料理人さん。

「驚きましたが、このくらいなら、ねぇ……」それよりヴェンデルが駆けつけてくれたことが嬉しそうだったベン老人。


 ヒルさんやハンフリーも家人が無事ならそれでいいといった様子で、使用人勢が逞しい。

 彼らがこんな感じのためかウェイトリーさんやヴェンデルも立ち直りは早く、戸惑っていたマルティナが可哀想なくらいだったとジェフは語るのであった。


「コンラートの人々は逞しいですね」

「逞しいというか、逞しくならざるを得なかったと言うか……」


 ライナルトが感心したように呟く。

 他の皆があの襲撃をどう乗り越えていくか気になっていたけれど、各々なりに、少なくとも形見などと口に出来るくらいには受け止めているようだ。


「カレン様、家の皆は大丈夫です。それよりいまは……」

「そうでした。ごめんなさいライナルト様、状況を教えてもらってもよろしいですか」

「構わない。それに伝えられることはそう多くない」


 私が家に籠もりきりだった間だが、やはりエルは反逆者の汚名を着せられる形で大々的に報じられたようだ。この公表の仕方から彼女の抵抗はもっと大きく、事前の準備の良さから魔法院の手柄として予測されていたようだが、そこに私が割り込んだ。結果としては魔法院のみならず私含めた両方の手柄となったようである。


「コンラートへの踏み込みや家族を早々に捕らえたのを鑑みるに、随分前からクワイックの追放は決まっていたようだ。皇帝は余程彼女が疎ましかったと見える」


 ライナルトはこの件をヴィルヘルミナ皇女に確認したところ、皇女自身もこの騒ぎは初耳だったらしい。嘘をついている可能性も考えられるが、ライナルトとエルの密約をヴィルヘルミナ皇女が知っていた線は限りなく低く、またこの騒動には皇帝以外は絡んでいなさそうだ。


「いまは軍に新武器や爆薬を手配する計画を進めていたのもある。時期的にいまのヴィルヘルミナが彼女を手にかける理由は薄い」

「ですが皇女はアレ……の破壊に反対なんですよね。陛下と目的は一緒なのでは」

「目的は合致していても難しい。私が皇太子になる以前はヴィルヘルミナが陛下の気紛れの標的でしたから、互いに良くは思っていない。特にヴィルヘルミナはバルドゥルを嫌っているし余程でなければ進んで協力しないでしょう」

 

 さらに述べてしまえば皇女は平民からのし上がったエルに好感を抱いていたようで、決して少額ではない研究支援も行っていたようだ。今回も資金が動いた直後であり、全てを無に帰すには痛手だろうとの見解だ。

 帝都の勢力が皇帝、皇太子、皇女と三つに分かれているのを再確認させられたのであった。ただヴィルヘルミナとライナルト間では、必要であれば情報共有を図る時もあるらしい。皇族の親子仲も含め、あの皇帝ならば「でしょうね」と容易に納得できてしまうから、妙な説得力であった。

 彼女自身が皇帝への協力を否定したのもあって、皇女がわざわざエルを排斥する可能性は低いとの見立てである。

 なお、ライナルトもエルや魔法院には資金援助を行っている。この辺りは政治が絡む話なので割愛しよう。


「ライナルト様は、エルと交わしていた約束が気付かれていた可能性はありませんか」


 少し声を詰まらせてしまったが、サミュエルとの会話を説明する。ここで気になるのはライナルトの謀反がばれている可能性だが、その話をしてもライナルトの反応は淡白だった。

 

「なるほど、箱の件が知られていたとなれば皇帝が焦ったのも合点がいく。……が、私との関係を気付かれたかどうかは微妙ですね」

「拙いのではないですか?」

「その件に関しては注意していたつもりです。気付かれていなければ上々、例えそうでなくとも私の排斥をすぐに実行に移すのは難しい」

「……それは?」

「戦になりますから」


 しれっと言い切るが、実際は大問題である。

 この言い様だとライナルトは大人しく従うつもりはないのだろう、とうに覚悟をしているようで、彼の態度には決意が表れているようである。

 さしもの皇帝カールといえど、悪戯に戦を起こす馬鹿ではないと言い切ったのである。

 

「皇帝は暴君でも被害の範囲は考えられる男です。戦に準備が必要なことも当然理解している」


 いくらなんでも同帝都内にいるライナルトに気付かれず戦支度を整えるのは無理であり、そういった動きはないと断じたのだった。

 そういえばコンラートでは伯に戦争は突発的に起こるのではないと教えられた。入念な準備があってはじめて戦争が発生する、どれだけ下準備をこなしたかで有利性が決まるのだと言っていた。 

 準備と言えば、姿を見せぬままエルを押さえつけたシスはいまごろ何をしているのだろうか。ライナルトに聞いてみたが、誕生祭より少し前からあまり呼びかけに応じなくなったようだ。

 

「いまさらなのですけど、シスにこの会話を聞かれて告げ口される可能性はないんですか」

「以前ならばそれもありましたが……」


 あったんだ。

 とことん厄介な箱である。


「いまはほぼあり得ない、と言っておきましょう。今のアレはもはや万能ではなく、皇族に従順でもないのです。もし聞かれていたとしても、シスが皇帝に漏らすことはない。……そうでなくては、とっくに私など首を刎ねられていますよ」


 声を極力控えるのは他の宮廷魔法使いや、何処に皇帝の目があるかわからない点といった万が一に備えてらしい。ライナルトの護衛官にも皇帝の手の者が居ると知らされた際はびっくりしてしまったが、そちらについてはあえて泳がしているようである。

 箱と皇族の関係についてもいずれ聞いておきたいところだ。それと先ほどから黙っているジェフにも、今度『目の塔』と『箱』について話しておかなければならない。


「しかしカレン、その話をしたからには私も貴方に尋ねなければならないことがある」

「わかっています。エルは……」


 まだ箱は壊せる、そう言っていた。おそらくライナルトが直接尋ねてまで知りたかった言葉はこれだろう。静かに目を閉じた彼はどこか安堵していたように思う。


「けれど他は何も聞けませんでした。エルの物も持って行かれてしまったし、私は彼女がなにをしていたのかを知りません。家で仕事をするときは人を入れようとしませんでしたから……」

「ならば残るはクワイックの両親か」

「……皇帝陛下の元に行きますか?」

「いいや、先に二人に会うつもりで走らせている。貴方も安否を確かめたいだろう」


 いつもとは違う経路を辿り、到着したのは石組みの建物が建ち並ぶ一画だった。一般人の姿はなく、行き交うのは衛兵や軍人だけ。景観性は皆無で建物全体は建造されて長いのか、あちこちにコケや黒ずみが見受けられた。鬱蒼とした雰囲気が漂っていて、近寄るだけで物怖じしてしまいそうな印象だ。

 ここにおじさんとおばさんが捕らえられている。

 動悸が速くなった。二人はエルの死をどんな風に聞いているのだろう、事実を知っているのはおそらく私だけで、世間一般的には私が彼女を殺したことになっている。

 二人がエルを溺愛しているのは知っていた。だから罵られるのも、憎まれるのも覚悟しているけれど、やはり直接対峙するのを思えば怖くてたまらない。

 ここからは彼の後を付いていくのだけど、扉を潜り、奥へ奥へと進むにつれて陽の光が薄くなっていく。

 彼が歩いているだけで目立つ。当然こちらにも人々の視線が向くけれど、彼らにとって私は愛娘を殺した裏切り者だ。

 突如訪ねた私たちの前に立ちはだかったのは監視役の守衛だった。ライナルトが応対してくれるのを固唾を呑んで見守っているが、おそらく私一人で訪れても追い返されるだけだっただろう。


「エル・クワイックの両親ですか。いま助命の嘆願書が出てまして、それで処刑が先送りになっている状態です」

「誰が出している」

「一隊の……いえ、申し訳ありません。これは殿下といえどお話しするわけにはいかず」


 ライナルトの問いに衛兵はそう答えた。

 嘆願書? 一体誰がそんなものを出したのだろうか。

 聞くところによればテディさんの家族はとっくに処刑されたようだが、この嘆願のおかげで二人はまだ生きているらしい。


「会うことはできるか」

「殿下であればお通ししても構わないのですが……。我々もバルドゥル様より、誰とも面会させてはならぬと言いつけられておりまして」


 面会すら制限されているようだ。せめて先に会うことができたらと思ったけれど、ライナルトの命にもビクビクしながら答えており、余程キツく言われているらしい。

 

「……であれば仕方ない、陛下の元へ行くしかないか」


 ライナルトには余計な遠回りをさせてしまった。正直、あの皇帝には二度と会いたくないと思っていたが、やはり難しいのだろう。腹を括るしかないと思っていたけれど、結果としてこの行動は吉となった。


「おンやぁ」


 素っ頓狂な声には覚えがあった。馬車に乗ろうとした私たちの前に現れたのはサミュエルである。

 だが彼の姿にははっきりとした違和感があった。


「おやまぁ、お家で寝込んでるって噂でしたが案外立ち直りが早いようで。さっすがうちのセンセに正義の鉄槌を下されただけはある。その図太さは見習いたいや」

 

 サミュエルはエルの助手であり、他の長老から派遣されたと聞いていた。だというのにいま彼が身につけている服は軍服。かなり着崩しているが、それもリューベックさんやバルドゥルと同じ一隊の装いなのである。

 小憎たらしい表情はあの日と何ら変わり無く、ニヤニヤといやらしく口元を歪めていた。


「あなた、どうしてここに……!」

「おお、こわいこわい。イヤですね、どうしてもなにも、用事があったからに決まってるじゃあありませんか。そちらが勝手に、俺の行くところに現れたんですよ。……あ、殿下を疎んじてるわけではないので、はい。失礼しました」


 見た目にそぐわない綺麗な礼の形、その所作は慣れており、魔法使いと言われるより遙かに馴染んでいる。


「一隊でも貴公を見かけたことはないな。どちらかと言えば件の魔法使いの助手であった姿の方が記憶に残っているが?」

「殿下の御前に出るなんて俺のような下っ端はとてもとても……。魔法は……ま、才能があったのでかねてより魔法院で勉強させてもらってたんですよ。いい時期だったんで元の住処に戻っただけで」

「なるほど、院の監視役か。それならば一隊の面子に貴公の名がなかったのも頷ける」

「監視役なんてとんでもない。俺は本当にしがない下っ端なんでさ! それより殿下、まさか自分たちの名前を記憶されてるだなんて、よほどうちの隊長に含むところがおありで?」

「貴公こそ突飛な発想をするのだな。皇太子として陛下に近しい者を覚えておくのは当然だろう?」

「皇太子のお役目! そいつはそうでした! ああ、こりゃ失敬!!」


 サミュエルは剣を携えていない。供すら連れていなかったけれど、見えない武器を携えているのは過日の戦闘で証明済みだ。


「貴公の失念はともかく。私の前にありながら一度も名を名乗っていないが、バルドゥルの配下は無礼者だと貴公自ら証明したいか」

「おお、うっかりしてました」


 サミュエルはわざとらしく衿を整えるも、猫背気味の背は曲がったままである。


「オルレンドル帝国騎士団第一隊所属サミュエル改めザムエル・ロッシュと申します。……が、まぁ今まで通りサミュエルでどうぞ。どうせ誰も本名で呼びやしません。俺もこっちの方が気に入ってる」

「……サミュエルさん、それであなたは何しにここへ来られましたか」


 サミュエルの所属が一隊なのは多少の驚きはあれど、納得できるものだった。だがいま重要なのは彼ではない。一隊の者がここにいるというなら、エルの両親と無関係のはずはないのだ。


「そんな熱く見つめられても困りますよ」

 

 けらけらと笑う男は、おもむろに懐へ手を差し入れる。

 取り出したのは一枚の書類だった。こちらへ見せつけるようにひらひらと手首を動かしながら、男はこう言ったのである。


「稀代の魔法使いであり、一躍時の人となったエル・クワイック。その謀反人を育てた二名の人物に関する決定書ですよ。ま、帝都追放が妥当って線になったんで、その始末をつけにね」


 危うく聞き逃すところだったが、彼の言葉に我が耳を疑っていた。

 ……処刑ではなく追放処分と言ったのは、言い間違いではないのだろうか。

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