第92話 ナンパ阻止と昼食会のお誘い

「え? なんでマリーがここにいるの」

「は。なによ私がここにいたらおかしいわけ」

「おかしいわけじゃないけど、あれ、確かどこかに嫁いだんじゃ……」

「ああなに、そこは知ってるのね。まあいいわ。それよりなに、あなたそのファルクラムの田舎っぷり丸出しの芋々しい格好で菓子を見てると思ったけど、それ自分の? それとも誰かにお渡しする分?」


 まあいいわって、いえそんな簡単に流していい話じゃないと思うのだけど、マリーがこちらを睨めつける様が貫禄に溢れていて、つい素直に理由を話していた。するとマリーは扇子を開き心底呆れたように長い息を吐く。


「挨拶にお渡しするのにそんな地味な物を渡すわけ? ……あなたねえ、初対面の方にお渡しする品にそんな色味もなにもない茶色だけの物体をお渡ししてどうするのよ」

「え? ええ……」

「ちょっと、どなたか来てくださる?」


 マリーの一声で店員さんが駆け寄ってきたかと思えば、マリーがあれやこれやと指示をして、菓子折の中身が決まってしまった。具体的にいうと赤や黄色や青色が毒々し……カラフルな飾りの乗ったお菓子の詰め合わせである。


「マリー……これはちょっと……」

「お黙りなさい芋娘」


 文句を言おうとしたところピシャリと遮られた。

 

「あなたに比べたら私の方がこちらに暮らして長いの。人様にお贈りする、そして皆さまに喜んでいただける物については頭に入っていてよ」

「あ、はい」


 あまりにも自信満々だから突っ込みがし難い。一体どのくらい前からここに暮らしているのか、そして彼女のあまりにも堂々とした態度に呑まれてしまったためだ。マリーはこちらを上から下まで無遠慮に見つめると、顎でくい、と指示を出した。


「おいでなさい」


 お菓子はジェフに持ってもらい、なぜかマリーのあとをついていく羽目になった。店を出たマリーはあらゆる意味で視線を集める。高そうな衣装もそうだし、彼女自身が発する女性特有の色香や自信といった雰囲気もあるだろう。

 連れて来られたのは服屋だった。オーダーメイドではなく既製品を扱っている店のようだがマリーは常連のようで、入るなり笑顔の店員が駆け寄ってくる。


「この芋娘に合いそうな服をいくつか見繕ってくださらない。そうね、この服もせめて一緒に歩いていて恥ずかしくないくらいには変えてちょうだいな」

「ねえマリー。さっきから芋芋って言うけど別にそこまで変じゃ……」

「は。あなたがその格好で店に入る前から帝都に不慣れなのはばればれだったわよ。良いカモにされたくなければ、せめて服だけでもこちら風に合わせなさいな」

「……店に入る前から?」


 マリー、いつから私に気付いていたんだろう。つい口にすると、マリーは舌打ちして私を店員に押し出した。


「さっさと着替えてらっしゃい。荷物はどうせそこの大きいのが持てるのでしょう?」


 そういうわけでマリー指導のもと、服を着替え、そして服を買わされるとやっと席についてお茶となったわけである。マリーは服を買うなり帰りたがったのだが、このあたりで私が彼女を捕まえたのだ。


「私が帝都にいる理由ねぇ」

「買わせるだけ買わせて逃げるってあんまりでしょ。教えてくれたって良いじゃない」

「それはあなたたちがあまりにも田舎丸出し……まぁいまのあなたの見てくれなら話すくらいなら構わないけど」


 着替えた服は膝丈のスカートに長いブーツ、既製品とはいえしっかりとした作りで、堅実な印象を持てるデザインで洗練されていた。

 マリーは嫌そうに眉を顰めながら、しかし観念した様子でお茶に付き合ってくれている。他のお客さんがちらちらとマリーに視線をくれているが、本人は慣れているのかどこ吹く風だ。

 

「深い理由なんてないのよ。旦那が亡くなって、実家に帰るのも癪だし田舎に引きこもるなんて最悪。どうでもいい男を宛がわれるのもイヤだったからこちらに出てきただけ」

「ほぁ」


 なかなかヘビーな理由からはじまった。しかしマリーはひらひらと手を振って、誤解するな、と告げるのだ。


「泣いてくれる人が多いあなたの夫と違ってこちらはただの好色爺、死んでくれて妻一同せいせいしたの。新しい人生を謳歌しているんだからお悔やみなんてよしてちょうだいな」

「つ、妻一同……」


 か、軽く聞いていたけどマリーの嫁ぎ先は余程の家だったらしい。


「アルノーは知ってたはずだけどね。聞いてなかった?」

「え、そういうのはまったく……」

「そう。じゃあ話す暇がなかったか、必要がなかったかのどちらかでしょうね。彼、一応私を助けようとしてくれてたからこちらの状況は掴んでたはずよ」

「そう、なんだ」

「さっきも言ったけど、あの実家に戻るのもイヤだったし、夫が亡くなってから連絡を絶ったの。こちらにいるのはアルノーも知らないと思う。だから絶対に他言しないでちょうだい」

「ええ……。でも、キルステンの人もこちらに来てるんだけど……」

「見つかったらそのときはそのときよ。あなたから話すのはやめてっていってるの」

「えーと……でも、ダンスト家に知られないならいいんじゃないの?」

「……そうね。実家に話さなきゃそこは構わないけど」


 どうにも彼女は実家に帰りたくないらしい。そういえば会ってからずっと、ダンスト家について聞こうとはしなかった。


「……心配していると思うけど、いいの?」

「金ほしさに娘を売った親と兄弟に未練はないの。野垂れ死んでも知ったことではないわね」


 きっぱりと言い切るマリー。その表情に後悔は微塵もなく、最後に会った際の弱気はどこにもなかった。ついでに私が知っているマリーという深窓の令嬢の面影もない。一体彼女になにがあったのか気になるところである。


「婚家を出たのよね。いまは何をして生活を立ててるの?」

「特になにもしてないわ。婚家を出てからすぐに再婚したけど、その夫もすぐに死んでしまったし。あなたの相手をしたのも暇つぶしよ、暇つぶし」


 もの凄く気になる発言をしたところだけど、ちょっと安心した。いやその、マリーの格好がお昼にしては随分と刺激的だったので……その、よくないお仕事をしているのかとちょっと危ぶんだのだ。けれど私の懸念はマリーにも伝わってしまったらしい。扇子を閉じると先端を自身の豊満な胸に向け、艶やかな唇を尖らせた。


「ファルクラムじゃ娼婦と間違われてもおかしくないけど、こっちじゃ珍しくもないわ。それにこれは私の趣味だし、変に考えるのはやめてくださる?」

「はい、ごめんなさい」

「……素直すぎて叩き甲斐がないわ。つまらない」

「なぜ謝っただけでつまらないと言われなくてはならないのか……」

「色々あったらしいからちょっとは変わったと思ったのに、相変わらずだし」

「マリーさん??」


 喧嘩にでも飢えているんだろうか。

 その後もいくらか話をしたのだが、マリーはファルクラムが帝国の占領下に入ったこと、そして国王が亡くなったことはしっているが、ファルクラムの情勢までは詳しくないようだった。ところが最近、上部区画の家にファルクラム貴族が入るらしいとの噂が流れ、遊び半分で聞いていたところ、私が越してくるという話を聞いたらしい。

 マリーは改めて不服そうに私を見下ろすとこういった。


「恋人の一人に少し詳しい男がいたから話を聞いてみたけど、あなた、そこそこ目が利くらしい鼻持ちならない女狐って人物像になってたわよ」

「へ? マリー、そのあたりもうちょっと詳しく教えて」

「今をときめく皇太子殿下の庇護を受ける家ですもの。おこぼれに預かりたい連中は鼻をきかせてるわよって忠告よ。覚えておきなさい」


 それだけ話すと、お茶を飲み終えたマリーは席を立ってしまった。連絡先を聞きそびれたのだが、おそらくあの様子では教えてくれるつもりもなかっただろう。

 呆然としていると、荷物持ちと脇役に徹していたジェフがそっと教えてくれた。


「……あの方、店に入る前からこちらを気にされていたのでなにか含むところがあると思っていたのですが、ご親族だったのですね」

「店に入る前って、まさかお菓子屋? 気付いてたんですか」

「そういう役目ですから」


 さらりと言ってのけたジェフ。私に知らせなかったのは、ただ見られているだけだし、相手も女性だった。無駄に話して不安がらせる必要はないと判断したためだったらしい。


「話しかける機を伺っていたのでしょうか……」


 ……だとしたら案外可愛らしい一面があると思ったけれど、すぐに前言撤回した。ちゃっかりお会計と自分が買い上げたらしい手土産代を私に押しつけていたので、懐かしい顔と再会した微笑ましさはすぐに消し飛んでいたのであった。

 帰りはジェフにほとんどの荷物を持ってもらいながら帰路についたのだが、途中、少しだけ厄介事に出くわした。辻馬車を捕まえようとしたところで男性に声をかけられたのである。

「お嬢さん、ここらで見ない顔だね」と。

 ジェフが傍にいるのに度胸があるものだ。それとも彼の姿だけが目に入らない節穴なのだろうか。まだ夕方にもなっていないし、彼らは休憩中なのだろうか。男性は帝国軍人の制服に身を包んでいたのだが、少し離れたテーブルでは酒瓶を握った男達がこちらをニヤニヤと見つめていた。断っても離れる様子がないし、ジェフが黙って荷物を降ろしたところで助け船が入った。


「よう若いの。若いお嬢さんに声をかけるにしては些か礼儀がなっていないな」


 二十代後半くらいの男性だった。この人も同じく制服に身を包んでいるが、男と違って屈強そうな印象が見受けられる。言葉の端々に自信がみなぎっており、事実、助けに入ってくれた男性を見て男は口元をひきつらせた。


「遊んでほしいのなら違う場所に行くんだな。お前さんのおかげで俺たちまで品がないなんて噂されたらどうしてくれる」

「あ、いえ。――俺、いえ自分は」

「女の子を口説くなとは言わないが、見境がないのは同じ男としてどうかと思うぜ。な、そう思わんかね?」


 そしてどうやら男性の方が偉い立場にあるらしい。男性が男の方をぽん、と叩くと尻尾を巻いて逃げ出していくのだが、男性はそれを呆れたように見送り、こちらに対し頭を下げた。


「いや、礼儀のなってない連中で申し訳ない」

「あ――いえ、ありがとうございました」

「こちらの方こそ失礼しました。あんな品のない連中とはいえ同じ制服を着てるんでね。我々の目の前で女性を困らせるとは――」


 男性がテーブル側に視線を向けると、酒瓶を持っていた男達の隣に別の男性達が腰掛けて話しかけている。男達はすっかり萎縮しているようで、男性は肩をすくめたのだ。


「我々が教育しておくんで、どうか見逃していただけるとありがたい」


 この言葉を向けられたのはジェフだった。黙りこくっていたジェフは一度小首を曲げると、降ろした荷物を持ち上げて直立不動の姿勢を取る。男性はそれを見て笑うのだ。


「わかってもらえて助かる。隊長に代わって礼をいいますよ」


 男性は爽やかな笑顔を残し、テーブルに向かって踵を返した。一連の流れに呆然と見送ってしまったのだが、ふと、テーブル席の奥、店内の奥に隠れるよう座っていた男性達に気がついた。

 その中でも目を引いたのが、隣に女性を侍らせていた中年男性だ。黒と見紛う暗い茶髪につり上がった瞳が印象的な、渋い、という言葉がぴったりの軍人さんである。女性は……酒飲みに付き合ってくれるような、つまりそういう女性だ。うっとりとした表情で男性に笑いかけている。


「なるほど、彼らは元々店内にいたのでしょうね。見かねて助け船を出してくれたらしい」


 ジェフが感想を漏らしながらも辻馬車を捕まえた。そのとき中年男性と目が合ったのだが、中年男性はこちらに気付くとにこりと笑って片目を瞑る。片手に持つ杯を掲げた姿が実に小慣れており、様になっていた。あの人が一番偉そうだし、もしかして男性の話していた「隊長」だろうか。お礼代わりに頭を下げていた。

 なんだかとても既視感を覚えるような人だったが、はて……?

 帰り路も何かを思い出そうと頭を捻っていたのだが、家に帰るなり、すぐさま別のことに思考を奪われた。ウェイトリーさんが困った様子で出迎えたのである。


「ご不在の間に殿下より使いが参りまして、明日の正午に昼食でもとお呼び出しが……おや、買い物までされてきたのですか」


 ライナルトからのお誘いである。確かに顔を出さなければと思っていたけれど、向こうからお声が掛かるとは予想していなかったのが本音だ。

 マリーとの再会は幸運だったのだろうか。彼女に服を見てもらうことができてよかったと安堵したのだけれど、自分でもわからず口をへの字に曲げていた。


「カレン様?」

「はい。なんでしょう」

「お顔が……都合が悪ければお断りの口実なり考えますが、僭越ながら出た方がよろしいと存じます」

「あ、いえいえ。別にそんなわけじゃ……なにか報告を差し上げるようなことがあったかしらと考えただけ。なんでもないのよ。明日は是非お伺いさせていただきますって返事をしてもらってもいい?」

「畏まりました」


 どうして胸の鼓動が早くなってるのだろう。到着数日で帝都中央区に向かうなんて羽目になったし、緊張してるのだろうか。ああ、明日までにウェイトリーさんに口上を学び直さないと。

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