第7話 嫌いというわけではない
「スウェン、学校に行きたいの?」
道中での話だった。都までの六日間、休息は基本街道沿いの村や馬車泊あるいは野営になるわけだが、移動は安全の観点から同じ馬車に詰めることになる。ニコやヘンリック夫人もいるが、手持ち無沙汰の私は自然とスウェンと話す機会も多くなるわけで、そこで少年の話を聞けたのである。
スウェンは「まあね」と頭を掻きながら窓の外を見る。
「学校には学ぶ事も多いから、学を身につけておけば皆の役に立つだろ」
「うん、それはそうだけど、スウェンなら普通の学校より……」
私の問題が解決した今、現状、コンラート領を継げるのはスウェンだけだ。最初の頃、どうして私が最初にスウェンがカミル氏の息子だと即座に思い至らなかったか、というより様子見をした理由はこの点も関係している。
「父さんには貴族が通う方を勧められたけど、断った」
「なんで」
「少なく見積もっても二年、ろくに家に帰れない」
「それはそうだけど……」
貴族といった上流階級の子が通う学校は、遠方出身であれば寄宿舎から通うのが普通だ。跡継ぎを有望されているのであれば親はこの学校に子供を通わせるし、そこに片親が市井だから、というのはあまり関係ない。内部で差別は発生するかもしれないが、それでも学校に通わせるのが普通だ。こちらは市井の学校と違いもう少し年齢の幅が狭く、大体十四から十六の間の子を二、三年ほど入学させる。
別段義務というわけではないし、法律で定まっているわけでもない。学校に通わずとも家庭教師の教育だけで跡を継ぐには問題ない。ただ、学校で友人を獲得しておけば将来において有利に働くから、大体の貴族や有力商人の子はこちらの学校に入学させられる。
「……スウェンはそれでよかったの?」
「父さんや母さんにも同じ事を言われた。けど、僕はどちらかと言えば母さんの後を継ぎたいんだ。それに見栄っ張りの貴族どもは好きじゃない」
「コンラート伯の跡は継がないの?」
「継ぐよ。というか、僕が継がなかったら偏屈な親戚どもに領地を滅茶苦茶にされる。だからそっちはついで」
「……ついでで領主ってなれるものなの?」
「なれるかじゃない、なるんだ。僕は医者になるって決めてるんだから」
「奥様奥様、スウェン様はですねえ、領地にお医者様が居着かないのが不満なんです。だから、エマ先生がいなくても正しい知識で皆を支えられるようにって……」
「あっ、なるほど」
「ニコ!」
図星だったらしく、ニコの言葉に赤面するスウェンである。
本意ではないが、領地を守るためにも消去法で「なる」と決めた感じである。それに貴族を「見栄っ張り」と称した際に心底嫌そうな表情をしたから、これは帰れないのが嫌というよりも、貴族に嫌な印象があるのかもしれない。
「スウェンっていくつだっけ」
「十五。まだ入学には間に合うだろ」
なるほど私の一つ下というわけだ。
カミル氏はスウェンの意志を尊重したんだろう。正直、私もそちらの学校に通っていた方がいいとは思うのだが、彼自身わかっていて拒否したようなので、余計なお節介は控える。
「学ぶのは嫌いじゃないんだ。だから、できるなら普通の学校に通いたい」
「……あっちの学校も頻繁には帰れないよ?」
「わかってる。けど、母さんが……医者になるには外の世界を知っておけ、ってさ」
エマ先生もスウェンに見聞を広げてもらいたいのだろう。そういう意味でなら、色んな立場の子が集う市井の学校はぴったりだ。貴族には及ばないが、市井の学校だって商家や小売業の子がたくさん集っている。
「ふーん。じゃあ今日は様子見もあるのかな、よかったら紹介状書こうか?」
「紹介状?」
「スウェンなら大丈夫だと思うけど、少し大変なの。先生も気に掛けてくれると思う」
「……?」
「入ってみたらわかるよ」
「いや、いいよ。学費も問題ないし。ありがとな」
最初の頃、学校について等の利点を挙げたが、学費が納められればよほど問題ない限り入学を拒否されない学校であるため、生徒数も多いせいか先生の目が行き届かない事もよくある。現に私も陰口を叩かれたし、暴力沙汰になりかけたのを、同じ生まれ変わり仲間のエルに仲裁してもらった過去がある。
スウェンは紹介状を断ったが、これは後ほどヘンリック夫人に改めて依頼されている。この人はスウェンが普通の学校に通う意味を理解しているようだった。
「母親が市井の出であろうと、従来であれば貴族の子は向こうの学校に行きますから……」
「わかりました、こちらにいる間に先生へ手紙を出しておきますね」
「よろしくお願いいたします」
……わざわざ市井の学校に入るスウェンが苛められる可能性はかなり高い。先生にあらかじめ手紙を出しておいた方がもしもの場合も助けてくれるだろう。名目的にはコンラート伯爵夫人だが、それ以前に国王陛下お気に入りの側室の妹という名が目立つ。
何日も掛けて揺られ都に着いたのは、出発してからちょうど六日目の朝だった。私たちはコンラート伯所持の別宅に荷物を置いたわけだが、この屋敷が意外に広かった。いくら街外れといえど維持費が大変だろうし、なにより都に屋敷を構えているとは思わなかったのである。どうやらスウェンも初めて足を踏み入れたようで驚いていたのだが、これにはヘンリック夫人が懐かしそうに目を細め教えてくれた。
「旦那様はいまでこそ領地に居を構えていますが、昔は都で勤めを果たされていたのですよ」
「ずっと管理し続けてるんですか?」
「旦那様が滞在するために王室から賜った屋敷なのです。ですので、手放すのも不敬だと……」
「王室から? え、じゃあ父さんって……」
スウェンが声を上げたが、夫人は台所や使用人室を見てくるといって立ち去ってしまった。あからさまな態度は聞かれたくない話だったのだろうか。私たちは揃ってニコに顔を向けたが、彼女は慌てて首を横に振っていた。
「ニコは昔の話はわかりません! ほんとに知らないですっ」
「えー? 本当に、何か隠してない?」
「今度は本当に知らないです、知ってるとしたら家令のウェイトリーさんか庭師のベンさんですよぉ! お屋敷に働く人って、あとはみんなうちのご近所さん達ですもんっ」
必死に叫ぶ姿に嘘はなさそうだ。
この話は頭の片隅に留めておくとして、私たちはそれぞれの部屋に移動して一旦休憩を挟む。軽食を食べ終わると、夫人にはニコを置いて出かける旨を伝えた。
「ニコを置いて行かれるのですか? それはあまり賛成できませんが……」
「奥様ぁぁ」
田舎からやってきたニコは街を散策したかったらしく、涙目で私に訴えてきたが、私の方にもそれなりの事情がある。
「私は元々こちら住みだから慣れてるし、危険な所にも行かないから移動も大丈夫。夫人は屋敷の方をみなきゃいけないし、だったらニコは夫人かスウェンにつけてあげて」
「奥様、あたしも奥様と都を回りたいですぅうう」
彼女にとって、同い年であり気安く接しても問題ない私は結構良い主人なのだろう。……夫人といると常に背筋伸ばさなきゃいけないしな。
私の方もニコは好感が持てる子なのだが、このときばかりは駄目だと固く断った。
「あのねえニコ、私、これからサブロヴァ夫人の所に行くの」
「おとなしく待ってますから!」
「……わかりました」
「ヘンリックさあああん!」
ニコはショックを受けているが、夫人はすぐさま了承の意を示した。代わりに彼女が行く、と申し出てくれたがこれも断らせてもらった。
現状、姉は私にどういった感情を抱いているか不明である。というかいまから謝りに行くのに、コンラート伯の侍女を連れていってまなじりをつり上げさせては元も子もない。姉じゃなくても姉の使用人からニコに嫌みを言われる場合もあるし、一人で行くっていうのは悪い選択じゃないと思うのだ。
「街までの移動は馬車を借りるわね。あとは辻馬車を拾って行くから」
「約束のお時間には早くありませんか?」
……ふむ? 夫人がサブロヴァ夫人の住居を知っているにしても、ここからの到着時刻まで予想できるってことは、地理を把握できてるんだろうな。
「手ぶらじゃなんだから、手土産でも持って行こうと思って」
「そうでしたか。……イチョウ通りの菓子店に行きますか?」
「そのつもりです」
「あの通りにある店でしたら、まだ店主は現役ですね。コンラート伯かわたくしの名前を出してくだされば会計は不要ですよ」
今でも利用しているから、と言われて屋敷を出て菓子店に向かったのだが、半信半疑で名前を使って買い物をしたところ本当に会計いらずで、しかも立派な包みの菓子折を渡されたので驚いた。ちょっと高めの菓子店なのだが、わざわざ店の奥から店主が出てきて対応してくれたのが驚きである。
キルステンでもここまでお礼言われることないんじゃないだろうかという見送りの後、辻馬車を拾って向かうは姉の住まう館である。思ったより早く到着しそうだったので途中で下ろしてもらい、いかにも私道といった雰囲気の道を徒歩で移動する。
「……ん?」
なんとなく周囲が気になって辺りを見回す。
いつかと違って快晴の空は多少汗ばむくらいだろうか。それでも風が冷たいから心地よいくらいで、歩くにはもってこいだ。
誰かに見られてる気がしたのだけど、人っ子一人見つけられない。気を取り直して菓子折を持ち移動するのだが、この場所は騒々しい都にあるのかと疑いたくなるような緑の多さだ。
一人でやってきた私に門の衛兵は最初警戒したが、どうやら私の顔は覚えていたらしく、戸惑いながらも中継ぎをしてくれる。姉の侍女にお菓子を渡し、玄関に通された私はまたしても姉じきじきの出迎えを受けるわけだが、彼女が口を開く前に頭を下げた。
「ごめんなさいっ」
カレン、と妹の名を口にする前にこれである。
先手を打たれた彼女は、頭上で「ぐ」と喉まで飛び出しかけた怒りを呑み込む呻きを上げ、やがて深いため息をはいた。
「…………次からは勝手に名前を使うような真似、やめてちょうだい」
「二度としないっ、ごめんなさい」
「わかってくれたなら、いいわ。頭を上げてちょうだい」
恐る恐る顔を上げると、苦虫をかみつぶしたような姉の表情がある。
「……あなたが頭を下げるのは珍しいから、怒る気をなくすわ」
「あでっ」
お叱りの代わりにデコピン一発。これでお説教を免れるなら安い代償だった。言いたいことは多々ある、といった様子なので無駄口は叩かない方が良さそうだ。
「侍女がいないわ。一人で来たの?」
「あ、うん。必要なかったから」
「一人歩きはやめなさいな。仮にももう…………いいえ、コンラート伯の侍女なんて見たくもないからいいけど」
そしてニコやヘンリック夫人を連れてこなくて正解である。特にニコなんて姉に一言でも冷たい言葉を投げられてしまったら涙目だったろうから、自分の判断に心の中でガッツポーズだ。
「はぁ……もう……」
「えーと、その、なんか、ごめん」
「反省してないくせに」
「反省? とんでもない、してるしてる」
「私の名前を使った件だけでしょう。あなた、いざそういう行動起こすときは絶対反省してないのよ。知ってるんだから」
よくわかっていらっしゃる。さすがは姉妹というべきか。
頭が痛いという面持ちの姉さんは私を連れ談話室に連れて行ってくれたのだが、今度は以前通された部屋とは違う場所である。
一階の広い硝子戸を開け放しにし、色とりどりの花が見渡せる一室だ。中庭続きになっており、すぐに外に出られるようになっている。
所謂お金持ちの家でよくみるテラス席である。
部屋自体広くできており、内部の三分の一程が衝立で隠れていた。
落ち葉とかすぐに部屋に入ってきそうだ。
「わ、なにこれ綺麗。庭の形も前と違う」
「美しいでしょう。陛下にお願いして、王城と同じ庭師に手を入れてもらったの」
「疲れたときに休めると最高かも」
「そう思ってこちらにお茶を用意したのよ」
「あ、私が持ってきたのも開け……」
「はいはいわかってるわよ。あなたのことだから、自分の好物も買ってきたんでしょう」
しばらくすると私の土産も皿に美しく盛られ置かれていた。姉さんは何も言わないが、栗をたっぷりの砂糖で煮た甘露煮を刻んで入れた菓子もあったから目元も柔らかい。私はというと、砂糖控えめな焼き菓子を自分で皿に取っていた。姉妹だけのお茶会なので行儀作法は二の次だ。
「……それ、どちらかといえば殿方が好きなお味よね。砂糖の味もあまりしないのに、それが好きよねえ」
「このくらいが丁度いいんですって」
我が国の菓子店の甘味の基準がどのくらいかといえば、保存を利かせるためもあってか歯が痛くなるレベルの砂糖量だと思ってくれていいだろう。ヘンリック夫人のお手製ジャムも甘かったが、都の人気店菓子に比べればまだまだ控えめである。希少だから砂糖をたっぷり使ったお菓子を味わえるのは貴族の特権なのだが、この国基準で三時のおやつを食べると日本人なら糖尿病まっしぐらコースである。
焼いた後に砂糖水をたっぷり染みこませる甘味など認めたくない。あと繊細なデザートの味を知ってるから、ケーキを食べたつもりがジャリって食感するのつらい。
「もっと良い菓子職人がいるのはわかってるけれど、たまにここの味が食べたくなるのよねえ」
糖蜜をたっぷり染みこませたお菓子を食べる姉さんだが、その姿に内心首を傾げた。口調はともかく、いつもならもっと楽な姿勢でフォークを動かすのに、この日はきちんと背筋を伸ばし、作法をきっちり守りながら食べている。
「……姉さん、もしかして今日は予定があった?」
「え? なにが?」
「格好が……」
よく見れば服装もよそ行きのものだ。私の指摘に姉さんは「ちょっとね」と笑いお茶を啜る。もしかしたら夕方にでも陛下が来るのだろうか。
「あなたこそ、もう少しちゃんとした衣装を用意してもらいなさいな」
「動きにくい服は嫌いなんです」
適当に団らんを交わしていたが、菓子を半分食べ終わる頃になると姉さんは一息つき、それに伴って私もわずかに背筋を伸ばした。そろそろ頃合いである。
「カレン」
「はい」
「経緯はどうあれ、婚約を飛ばして結婚おめでとう」
「ありがとう」
……婚約を飛ばしてってあたり、ちょっと皮肉入ってたな。
「コンラート伯を愛していらっしゃる?」
「いいえ?」
即答できたが、いきなり核心を突いた質問には驚かされた。眉を寄せた姉さんに、私はなるべく平然を装って目についた菓子を皿に取る。
「会ったことない人だから、そこではい、なんて頷いたら姉さんに嘘つくことになっちゃうじゃない」
「だからって即答する子がありますか」
「いい人だとは思ってます。それで充分よ」
しかめっ面になった姉さんは納得いかないようだ。
「あなたがそう言うのだからお優しい方だというのは理解しましょう。けれど、それは私が紹介したライナルトよりも良かったのかしら」
「えー……」
えー……いまそれ聞く?
「えー、なんて言わない。相手に失礼でしょう」
いつになく厳しい。やはり美男子を蹴ったというのは納得いかないらしい。
「確かに彼は次男だけれど、ただの次男とは違ってご自身でも武勲を立てていらっしゃいます。ご当主からも独立を認められているし……」
「姉さん姉さん、私は……」
「ご婦人にも優しいし、品性高潔でも有名だわ。あなたにも苦労はさせないと約束してくださったのに」
「……はぁ」
「実力に不満があるとか言わないわよね?」
「言いません言いません。前に馬車でご一緒しましたが、配下の方々の統率もしっかりしていました。ただの貴族のご子息が従えるのに、あれは無理です」
実際、帰るまでずーっと怖いくらいに統率されてたし……。
というか独立されたら家を盛り上げるためにも、キルステンや本家と密になるだろう。なおさら離婚しにくくなるじゃないか。
「あのあと、私はローデンヴァルトに謝罪しなくてはいけなかったし」
「それは本当に申し訳ございませんでした」
多分これが姉さんの本音六割だ。こっちは真摯に謝罪させていただく。
「ねえカレン、なにが不満だったの」
「不満はないけど」
「はい?」
「……うーん。無難には生活できそうだけど、伴侶とかには興味なさそう」
ただの勘なので姉にだけしか喋らない。私が本当にただの十代の女の子だったのなら、きっと喜んで恋に恋して、頬を赤らめて毎日を楽しく過ごせただろうに。すでに私にとって、結婚というのは相手だけで決められるものではなくなってしまった。
正直、そこだけは老成してしまった自分が残念だ。
…………ま、だから転生する前も婚期逃したんだけどね!
自分で言ってて悲しくなってきた。
「あ、伴侶としてって話で嫌いなわけじゃありません。初対面で嫌いになるとかそんな失礼な話ありませんから。……ローデンヴァルトと繋がりをもつのであれば、従姉妹のマリーでもよろしいのではありません?」
補足になっていないフォローを入れて。
唖然としていた姉はしばらくするとがっくり項垂れ、こちらが申し訳なくなるくらいに力をなくしていた。
「まったく、どうしようかしら……」
あらかじめ椅子に置いていたのだろうか。意匠の凝った箱を私に差しだし、結婚祝いだと告げたのである。蓋を持ちあげると、中は赤い布張りになっていた。その上には金細工の腕輪がちょこんと置かれている。
「あ、すごい」
腕輪というと大体は手首を覆うくらいのごてごての意匠飾りが主流だが、これは細く繊細な金の鎖で、小さな台座の上に薄青の宝石が嵌まっている。宝石自体も大きさを主張しない程度に控えめで、普段使いにしても問題なさそうな腕輪だ。
思わず手に取って眺めていると、頬杖をついた姉さんは意外そうな顔をしている。
「……意外。あなた、そういう飾り好きじゃないと思ってた」
「嫌いじゃない。ただ、派手なのはつけにくいから苦手なだけ。……うわ、なにこれすごく細かい」
現代日本であれば細い鎖飾りは珍しくもないが、この世界では違う。なにせ機械技術が発達しているわけではないし、魔法を使う人々も彫金に特化しているわけではない。こういった腕輪は彫金師といった職人の仕事であり、細工が細かくなればなるほど値段もつり上がる。
「並の店でしつらえられるものじゃなさそう。姉さん、これ高いんじゃ……」
「……それより、それ、気に入った?」
「ええ、すごく好き。それにようやく姉さんと趣味が合ったみたいで嬉しい」
「…………ふぅん」
用意した本人のくせに何故そんな顔をするのか。
「ただ嫌だというだけなら諦めようと思ったけど、これはどうしたものかしらね」
うん?
悩ましげにため息を吐く様は我が姉ながら美しいが、私はそれどころではない。なぜなら姉妹以外誰もいないはずの部屋から、密やかな、低い男性の笑い声が聞こえてきたからだ。
思わず笑い声の方向を探し視線を彷徨わせ、ふと、姉の視線につられて衝立の向こうに顔を向けた。笑い声はそちらから聞こえてきている。
ガタン、と誰かが席を立つ音がした。
待って、ちょっと待って。
焦って姉さんを見ると「諦めろ」と言わんばかりの目である。
衝立の向こうから現れたのは三十代前後の男性。どうやら笑っているのはこの人のようで、それに随従するように渋面の私の兄。部下らしい男性らが衝立を避け、さらに姿を現したのは……。
おま、ちょ、姉。
椅子に座っているのは、見間違えようがない。まごうことなき目の保養……ライナルトである。
頬が自然とひくつき、頭の中で\(^o^)/の顔文字が浮かんで消えたのだった。
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