第139話「第二王子(執行猶予中) フィリップ=ルボン②」
この忙しい時に邪魔をするのは誰だと、僕は苛立ちながらそちら見た。
すると、そこにはなんと……。
「……ん?ああ!これはリアン兄さん!」
リアン兄さんがいた!
うわぁ、テンション上がるなぁ。
でも、どうしてここに?
僕はそう思い、聞いてみることにした。
「こんなところでどうしたのですか?」
「いや、色々あって少し疲れたから、外の空気を吸おうかと思ってな」
すると兄さんは、若干疲れた顔でそう答えた。
なるほど、勤勉な兄さんのことだから、きっと別れてから今この時まで全力で政務に励んでいたに違いない。
ご苦労様です、兄さん。
「そうなのですか!お勤め、ご苦労様です!」
すると兄さんは僕に微笑んでくれたあと、
「ところでフィリップ、お前こそこんなところで何をしているのだ?」
そう聞いてきた。
ああ、兄さんが僕のことを気に掛けてくれてる。
嬉しいな。
そして、僕は気分良くその問いに答えた。
「はい、先程兄さんとお話した通り、国の為、民の為、そして兄さんの為に僕は全力で働くと決めたのです」
「うん」
「ですから、その使命を果たすべく、ケイベック植民地へ赴く為の準備をしているのです。出発まであまり時間はありませんが、出来る限り資金や資材、人材等を集めたいと思いまして」
「ほう、なるほど……流石は我が弟だ、偉いぞフィリップ」
「あ、ありがとうございます、兄さん!」
僕の答えを聞いた兄さんは、褒めてくれた。
やった!急いで仕事に取り掛かって良かった。
やっぱり人に褒められるって、いいな。
そういえば他人に褒められて、というか他人の言葉で素直に喜べたのはいつぶりだろうか。
僕がそんなことを思っていると、兄さんは少し考える素振りを見せたあと口を開き、
「あと……余計なお世話かもしれないが、良ければ私から少しアドバイスを……」
何とアドバイスをくれると言ってくれた。
「お願いします!」
勿論、僕は光の速さで即答した。
だって、凄く嬉しかったし、こんなチャンスを逃す訳にはいかないからね。
それに、昔から兄さんのアドバイスは外れたことがないんだ。
正直、未知の土地での職務に不安があるのは事実だから、兄さんのアドバイスは実務的にも、そして精神的にも非常にありがたい。
さて、今回はどんな凄い話を聞けるのかな。
「コホン、ではフィリップ、まずアユメリカの重要性について……」
そして、兄さんは僕が元気に返事をし過ぎたことに少し驚いた顔をした後、真剣な顔で話しだした。
ああ、それにしても真剣な顔の兄さんはイケメンだなぁ。
僕が女だったらきっと惚れちゃうんだろうなぁ。
じゃなくて、真面目に話を聞かないと!
………………。
…………。
……。
それから暫く、僕は兄さんの話を静かに聞いていた。
「……と、地政学的にアユメリカは将来の覇権を約束されているのだ。つまり、」
そして、兄さんがアユメリカの重要性について語り終えようとした時、
「つまり、アユメリカを取った者が世界を制す訳ですね!」
僕は兄さんが言わんとしたことを理解し、嬉しくなって先に答えを言った。
「ああ、そうだ。極端な話、本国を失ってでも持っておきたいぐらいだ」
すると兄さんは、苦笑しながらそう続けた。
やった、合ってた!
そして、兄さんが暗に言いたいことはこうだろう。
ランスの繁栄の為、そして民の安寧の為にアユメリカ大陸の発展は勿論、その全ての土地を奪い取ってこいと!
「なるほど、わかりました!この愚弟フィリップ、必ずやリアン兄さんの為にアユメリカの全てを手に入れて見せます!そして……」
「そして?」
そして、その主な相手は今回、我が国に手を出したルビオン!
つまり、リアン兄さんは僕に、連中に利用されるという失態を犯した僕が自らの手で連中を駆逐して落とし前をつけろ、と言っているんだ。
ありがとう兄さん……こんな僕にチャンスをくれて!
僕は必ずルビオンの連中に、我が国がやられたことを倍返しして土下座させて見せるよ!
たとえこの命と引き換えになったとしても!
待ってろよ!薄汚い策謀家ども!
「駆逐してやる!ルビオン人達を!一匹残らず!」
そこで僕は固い決意と共に拳を握りしめ、力強くそう宣言した。
「そ、そうか、頑張れよ?さて、では他には……そうだ、フィリップ、参考までに聞きたいのだが、資金はどれぐらい集まりそうなんだ?」
僕の言葉を聞いた兄さんは、安心したのかそれ以上そのことには触れず、実務的な話を始めた。
そして、兄さんはまず僕が用意出来る資金について聞いてきた。
「はい、ええと……正規の資金と、まだバレていなかった隠し財産を合わせて三百億程かと」
僕は正直、恥ずかしかった。
たったこれだけしか、お金がないから。
「!?」
やはり、額を聞いた兄さんは驚いている。
きっと兄さんは、僕があれだけ資金を集めのに有利な立場だったのに、これっぽっちしかないことに呆れているに違いない。
ごめんなさい兄さん、無能な弟で……。
きっと兄さんが僕の立場だったら、一千億は軽く用意出来たに違いないのだから。
と、僕がしょげていると、
「さて、では気を取り直して……」
優しい兄さんは話を変えてくれた。
………………。
…………。
……。
そして、そこからの話は概ねこんな感じだった。
木材、鉱物、毛皮からメイプルシロップに至るまでアユメリカは資源の宝庫だから、それらを存分に活用すること。
厳しい環境で生き抜く為には、原住民達の様々な協力が不可欠だから、決して彼らを見下したり、迫害したりせず、良好な関係を築いて共存すること。
現在の政治体制ではかなり限定されるが、可能な限り自由な環境を作り、開拓に励むこと。
また、兎に角開拓にはマンパワーが必要なので、人種、国籍に関係なくあらゆる人間を受け入れ、また誰でも頑張れば成功出来る、夢を掴めるような場所にすること。
等々。
うん、やっぱり兄さんの考えることは凄いなぁ。
一見当たり前のように見えて、でも今の時代の人間では中々言えないようなことを言ってる。
しかも、何故か不思議と凄く説得力があるんだ。
理由は多分、兄さんが話すと、まるで未来を『知っている』かのように聞こえるからだと思う。
お陰で僕は安心して現地に赴任することが出来る。
ありがとうございます、兄さん。
……ふふ、それにしても、こんなふうに兄さんの話を聞いていると、昔を思い出すなぁ。
「とまあ、折角本国から離れた土地で大きな裁量を与えられるのだから、思う通りにやってみ……ん?どうしたフィリップ?」
と、ここで兄さんが、無意識に口元が緩んでいた僕に気付いてそう聞いてきた。
ああ、しまった。
なんだか懐かしくて、いつの間にか口元を緩ませてたようだ。
「あ、いえ、昔はこうしてよく兄さんに色々なお話を聞かせて頂いたな、と思い出しておりました」
僕は誤魔化すことをせず兄さんの問いに、素直にそう答えた。
「そうか」
すると、兄さんは優しげな笑みを浮かべてそう言った。
きっと、兄さんもあの頃を思い出しているんだろうなぁ。
本当に昔は楽しかった。
何も考えず、ただひたすら無邪気に兄さんにくっついて、いつも遊んで貰っていたな。
そして……。
「そして、僕がリアン兄さんのお話を聞いていると、いつも決まってセシルとマリーがやってきて兄さんを連れて行ってしま………………ん?」
僕はそこまで言って、ある重要な事実に気付いた。
「あ、ああ、なるほど……はは、なんだ、そういうことだったのか……」
そして僕はあることに納得してそう呟いた。
「ん?どうした?」
「あ、いえ、何でもありません」
兄さんにそう聞かれた僕は、取り敢えず苦笑で誤魔化した。
こんなこと、恥ずかしてくて兄さんには言えないや。
そう、僕は気付いたのだ。
自分が変わってしまった原因に。
気付いてみると、それは本当に下らないことだった。
全ての原因、それは……『嫉妬』。
ただ、それだけ。
だけど僕は、それに耐えられなかったんだ。
あの頃、僕はいつも大好きなリアン兄さんにくっついてた。
遊んで貰ったり、色々なお話を聞かせてもらったり、勉強を教えて貰ったり。
でも、ある時からそれが変わってしまったんだ。
そう、あの二人が現れた時から。
セシルちゃんとマリー。
彼女達は僕から兄さんを奪っていったんだ。
更に言えば、あの二人の所為で僕が兄さんに遊んで貰ったり、お話を聞かせて貰う時間がなくなってしまったんだ。
悪いことに僕はバカだったから、そこで素直に仲間に入れて欲しいと言えず、変に遠慮して距離を取るようになってしまった。
兄さんはそれでも僕を気に掛けてくれようとしたけど……。
リアン兄さんは凄く優しくから押しが強い、いや強過ぎる二人を邪険に出来なかったんだ。
それで独りぼっちになった僕は……。
嫉妬したんだ。
いや、拗ねてしまったんだ。
兄さんは僕のことを全然構ってくれない!
もっと僕を見て!
遊んで!
お話を聞かせて!
と。
そして、バカな僕は兄さんに素直な気持ちを伝えられず、歪みはじめてしまった。
更に時を同じくして、流行り病で母上が亡くなり、父上も政務が忙しく滅多に会えなくなってしまった。
トドメに仲良くリアン兄さんを囲むセシルちゃんとマリーの姿。
僕は耐えられなかった。
そして……そこをルビオンに付け込まれたんだ。
あとは知っての通り。
僕は憎しみに取り憑かれ、大好きな筈の兄さんに……何の罪も無い兄さんに害を為そうとしたんだ。
更に、兄さんにとって大切なセシルちゃんとマリーを奪おうとした。
これは兄さんの大事なものを奪って困らせてやろうと思ったんだ。
僕はそうすることで、兄さんにもっと構って欲しかったから。
全く、僕はバカな子供だったなぁ。
なんで素直に自分の気持ちを伝えられなかったんだろう。
はぁ、悔やんでも悔やみきれない……。
まあ兎に角、結論を言ってしまえば、僕は兄さんに構って貰えなくて『拗ねていた』だけだったんだ。
全く、バカな話だ。
あと、これは余談だけど、今思えば兄さんから奪おうとしていたセシルちゃんやマリーのことを、僕は正直女として好きな気持ちは全く無かった。
だって、セシルちゃんは昔から暴れん坊だったし、マリー腹黒かったし……。
我ながら、何を血迷ってあんな危険な連中に手を出そうとしてしまったのか……うーん、憎しみって怖い。
心配なのは、今現在兄さんを取り巻く女性環境が当時よりもっとヤバいことだ。
でも、それだけ兄さんが魅力的ってことなのかもしれないけど……。
それにしても、あんなシロクマやライオンのように凶暴で、悪魔のように腹黒い女達に囲まれて無事とは、やっぱり兄さんは凄いなぁ。
尊敬しちゃうな……ん?
いや、待て!
もしかして……兄さんはあの凶悪な連中を抑え込む為に、自らを犠牲に!?
くっ、そうに違いない!
やっぱり兄さんは僕が守らないと!
リアン兄さんは優し過ぎるからね。
と、僕がそこまで考えたところで、兄さんの言葉で現実に引き戻された。
「……そうか。まあ、兎に角フィリップ、くどいようだがアユメリカは大きな可能性を秘めた重要な土地だが、その分様々な苦労が付き纏うことなる。心してかかれよ」
僕はそんな兄さんの労いの言葉に涙が出そうになってしまった。
そして、僕はある決意をしながら言った。
「はい!ありがとうございました!リアン兄さん!必ずや(将来兄さんが治めることになる)あの土地を豊かに、そして出来る限り広げて見せます!」
あと、それに加えて兄さんは僕が守る。
そして、兄さんを『国王』などにはしない、と。
だってリアン兄さんは……『国王』程度の器ではないのだから。
「ああ、期待してるぞ」
すると、兄さんは僕に優しくそう言ってくれたのだった。
待ってて兄さん、僕が貴方に相応しい土地と称号を用意するからね!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます